知らないこと
ぴょこぴょこと綺麗に跳ねた黒髪を揺らし廊下を移動する大きな青年──燭台切光忠──は機嫌が良かった。今日は髪型も直ぐに決まったし、お味噌汁も美味しくできた。幸先のいいスタートだと鼻歌なんて歌いながら軽い足取りで進み、目的であるへし切長谷部と大倶利伽羅が眠っているであろう部屋の障子を勢いよく開けた。
「おはよう! 真面目な二人が寝坊なんて珍しいね!」
朝日が差し込む部屋の真ん中、布団の上でお互いの顔を触りあっている二人。
あれ? 起きてたんだね、なんて言葉をかけようと開いた口が違和感にキュッと窄まる。んん? なんか髪の毛長いし、服が小さい? いや身体が大きいのか?
きょとんとした顔でこちらを見上げるいつもと違う二人を前に、これはまた厄介なことになったと光忠は目を瞬かせた。
主曰く、どうやら二人は昨日、七夕の短冊に「強くなりたい」と願いを書いた。それが霊力が満ちた本丸内でおかしな方向に作用し、寝て起きたら大太刀サイズになっていたというわけらしい。これで出陣ができれば二人も本望だったと思うのだが、登録された規格と変わってしまった二人は時渡りの箱にエラーと認識されてしまうらしく、あえなく本丸内で待機、光忠は悲しいかなそのお目付役に任命されてしまったのだ。
目の前の惨状を前に、光忠はさっきから溜息ばかりを吐いている。
────この二人はいちいちお互いへの距離が近い。彼ら曰く縁者だからとのことらしいが、明らかに距離感が間違っている。無自覚そうだから他のものへもそうかと思えば、距離がある訳ではないが近すぎるということもない。あんな風に目の前に立たれたらびっくりするなぁと思っていたのに、いざ自分の前に来た時は遠いのだ。その距離一歩分。
二人が打刀サイズの時はまだ、かわいらしいねなんて微笑ましく見られたのが、大きくなった彼らの無自覚な馴れ合いは、非常によろしくない。
だって! なんなんだい? この色気は!
最初は、「わぁ二人ともかっこいいね」なんて声をかけて、太郎と次郎の大太刀兄弟から浴衣やら草履やらを借りてきてあげたり、かいがいしく身支度の世話を買って出ていたのだけれど。
まず、二人はぺたぺたお互いの身体を触りながら「強そうな筋肉だな」「いい身体だ」と言い、着付けを手伝いあった。そして、長いのが邪魔だからとお互いの髪を結うことにしたらしい。不器用な長谷部は大倶利伽羅の髪を首の際で一つに纏め、大倶利伽羅は器用に編み込みながら大きな三つ編み一つに纏めた。その間もお互いの髪質を触り心地がいいとしきりに褒めあい触れ合いながら。最後に、「あ、忘れていたな」と気の抜けた声を長谷部が出して、濃厚な舌を絡め合うキス(彼ら曰く家族の挨拶だ)を交わした時には思わず目を逸らした。
正直、身支度だけでお腹がいっぱいだ。朝、幸先がいいと思ったのは間違いだったなと心なしか綺麗に決まった髪型が萎れたような気すらした。だが、それだけでは終わらない。
昼食の準備に野菜を収穫した後、なれない草履で長谷部は親指と人差し指の間に傷をこさえていたようなのだが、大倶利伽羅は縁側に長谷部を座らせると、かしずくように草履を脱がせて、おもむろにその白い足に傍らの飲み水をかけてから、舌を這わせたのだ。
「何してるの!」と声をかけた光忠に、大倶利伽羅は「消毒」と事もなげに答える。
彼らの枠に収まらない自由な振る舞いに、強い日差しで暑いのもあってなんだか光忠は無性にいらいらとした。何で僕はこんなに真っ黒なんだなんて関係ないことを思い浮かべながら、苛立つままに言葉が口からこぼれ落ちていた。
「長谷部くんと伽羅ちゃんは家族だからと言うけれども、仲間ではあっても刀に家族という考えは当てはまらないんじゃないかな。それに、もし家族だとしても、君たちの距離は近すぎる」
目を細めて放った言葉は、少し語気が強くなってしまったかもしれない。顔を見合わせてからすっと無言で離れる二人を見て、しまったと思ったけれど、少しは反省すればいいんだ! と光忠は取り繕うことはしなかった。
それから、二人の表情も態度も表向きは変わらないのだが、ただぽっかりと空いた距離だけが違う。そして、どことなく調子が悪い。
「いつもはすごいコンビネーションで料理してたのに、どうしちゃったの?」
僕らと一緒に厨当番になっている加州くんが言うのに曖昧に返答しながら、余計なことを言っちゃったかなぁと、段々申し訳ないような後悔する気持ちになってきた。何より二人の柔らかくふわふわとした雰囲気が硬くなってしまったのが、悲しい。
「ごめん! 二人の距離を僕が決めるなんておかしいよね。いつも通りにしてくれないかい?」
大きくはない流しで精一杯離れて、ぎこちなく野菜を洗っていた二人に光忠が思い切って謝ると、顔を見合わせてからこちらに向き直り、お互いの間に空いた距離を一歩つめた。視線の先で肩が触れ合った瞬間、二人の顔が一気に赤くなる。
「「え?」」
加州と光忠も顔を見合わせる。
「長谷部、熱でもあるのか?」
「んん? 不調は感じないんだが、熱い……お前こそ耳が赤いぞ、日に焼けてしまったのか? 薬塗るか?」
二人は思わずお互いの顔に手を伸ばして、また、ぱっと熱いものに触れてしまったかのように手を引く。大きな身体をして、そんな、おぼつかない行動をしているなんて……。
隣で加州くんが眉が下がった変な顔で笑っている。抑えた口からこらえきれなくて、くひっと変な音がもれるのが聞こえた。
呆れともどかしさと、どうしようもない愛しさが混じって、僕もきっと変な顔をしているだろう。ああ、おかしい。こちらが気を使うじゃないか! 少し羨ましくて正直苛立ちもするけれど、結局のところ、かわいらしい二人なのだ。
「ほんと、そういうのももどかしいからさ、いつもどおりにして? それとさ、ちゃんと考えた方がいいよ」
「何を?」
「お互いへの距離について」
いつもと違って見上げた先にある二人の眉間に皺がよる。そろそろちゃんとお互いへの感情に向き合った方がいいよ。離れたらぎこちなくなってしまう意味を。
「……やっぱり燭台切も寂しいのか? いつか来る貞ちゃんとやらのために一人部屋だもんな。今日は俺たちと川の字になって寝るか?」
はあ? 長谷部くん、なんでそうなるの!? 大きな2人に挟まれて眠るぼく? あ、ちゃんと川の字になってる。悪くないかも……いやいや!
「光忠……」
伽羅ちゃん、その不憫な子供を見るような目はやめてくれないかな。大きな手で頭を撫でないで欲しい、髪型が乱れる!
隣から、ついに声を抑えることをやめた加州くんの笑い声が聞こえる。
ああ……もう、うーん……やっぱり……この二人は小憎らしいや。
くりへしワンライお題「愛であう」
08/07/2016