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​Debris.

 これは夏休みの宿題なんですけど、と好奇心を隠しもしない、それでいて真剣な目をした秋田が言う。

「夏休み? 宿題? どちらも俺たちには関係がないことだと記憶しているが」

「まぁ、個人的にやっている自由研究なんですけど」

 悪びれもせずニコニコしている秋田に、好奇心の塊がするいつものことかと続きを促した。

「まずは長谷部さんに聞きたくて……」

 空色のまん丸な目が問う。

ーー好きなものは何ですか?



 

 朝早くから出陣しているものが多く閑散とした母屋の食堂で、もそもそといつもより味気ない朝食を食べていた。いつもなら隣でちょろちょろしている小虎の体温を感じながら、ゆっくりと味わっているところなのだが。別の意味で行動が遅くなってしまう。すると向かいにひょいと座った、もう食べ終わったのであろう秋田が何ともとぼけたことを言った。

 好きなもの……。このへし切長谷部の好きなもの……、その言葉の響きにぱらぱらとページをめくるように映像が浮かぶ。

 あの刀の抱く龍、滑らかな肌、柔らかい髪、血の滲む蜂蜜色の瞳、泰然と在る姿勢。

 指折り数えて、ハッと我に返ったところで目の前でキラキラとこちらを見つめる秋田と目があう。

「何ですか?」

「ああ、好きなものだったか」

 頷く秋田はきっと単純に好きな食べ物や嗜好品を聞こうとしているのだろうが、俺の中で浮かんだのはあの刀のことばかり。我ながら色ボケで恥ずかしい。

「んん、甘いものは割と好きだ」

「他には?」

「納豆卵かけ御飯」

「他には?」

「五虎退の虎」

「他には?」

「餅菓子」

「他には?」

「白身の魚」

「他には?」

「……読書」

「他には?」

「……もういいか……これ以上はとっさに出てこない」

 秋田の質問攻めには慣れているが、流石にもう降参だ。

「はい、ありがとうございます!」

 あっさりと引き下がった秋田に拍子抜けしつつ食事を再開すれば、内緒話のようにぽそぽそと声を出した。

「でも、長谷部さんは一番好きなものは絶対に言わないんですよねっ」

んぐ、と喉が変な音を立てて詰まった。本当にこいつには敵わない。勝手に赤くなる顔を覆い、得意気な笑顔を浮かべる小憎らしいもちもちの頬を抓った。





 

 歯ごたえのない敵を難なく始末し、血ぶりをして大倶利伽羅が刀身を鞘に収めるかちゃりとした音が響くと、さっきまで隣で冷えた空気を纏い戦っていた鶴丸がニヤニヤとしまりのない顔に変化した。また碌でもないことを考えているのだろう。考えることをやめれば物理的にも死ぬと半ば本気で思っていそうだ。

「なあ、君と彼は距離が近すぎないか?」

「彼?」

 馴れ馴れしく肩に回された腕を外させる。

「長谷部だ、長谷部」

「……それでいいんだ」

 俺たちは一緒に在ることを選択した。

「幾ら近くにいたって一緒にはなれないぞ。君らは別々の刀で、考えていることだって違うだろ」

 何を当たり前のことを言うのだろう。そんなことはわかっている。だが、大倶利伽羅はあの刀を見つけてしまった。そして隣に在ることを決めた。

「わかっている。だから手を繋ぐ」

「はは、あくまで離れないんだな。飽きないのか?」

「飽きない。いつも発見がある」

 良くも悪くもずっと同じではいられないことも知っている。

「例えば?」

 最近の変化は……。

「あんたのことを面白がっている」

「あのそっけなさで!?」

「ああ」

「ふーん、たまには俺とも遊んでくれるかね」

「……長谷部が望むならな」

 思ったよりも不満そうな声が出て、鶴丸に変に餌を与えてしまったかもしれない。うんうん、から坊の反応だけでも楽しそうな気配がするなぁ、という白い背中を追って時渡りの箱に飛び込んだ。どうもこの本丸の奴らは好奇心が旺盛すぎて厄介だ。

 

 シャワーを浴びておざなりに髪を拭くと、パンツ一枚だけを身に纏う。本当は何も着たくないのだが、同室の長谷部がパンツくらいは履けとうるさいので妥協してこうなった。長いこと一緒にいるのに律儀に赤く染まる頰はうまそうだと毎回飽きずに思う。タオルを被り冷蔵庫に向かうと後ろから長谷部の独特な足音がする。

「牛乳もう少しでなくなりそうだぞ」

 頷き、冷蔵庫のポケットにある中身が少ない瓶をぽちゃり揺らして、そのまま喉を鳴らして飲みきった。口元を拭って振り返れば、唇を尖らせている長谷部。牛乳の味は好きなのに、飲むとすぐに腹が痛くなるから俺が羨ましいのだろう。思わず笑って、小鳥のような口にミルク味のキスをひとつ落とした。ぽたりと髪から落ちた雫が長谷部の肩を濡らす。ちゃんと拭いて服も着ろ! 熱を持つ頰を誤魔化すように怒るのが長谷部の常だ。

 長谷部は知っているだろうか。大倶利伽羅は特別牛乳が好きなわけではない。もちろん今取り寄せているこの牛乳は美味しいが、最初はただ大きくなりたくて飲んでいたんだ。長谷部を、仲間を、守れるぐらいに、というたわいのない願い。人ではないこの器にどれだけ影響するかは知らない。でも、やめられないんだ。大きくなれますようにと願うことを。







 

 ぴちゃりぴちゃり。

 子猫がちろちろとあらぬところをミルクでも飲むように舐めている。嬉々として茂みを分け入り冷たい鼻を押し付け、根元を丹念に舐め、精嚢をかぷりと食む。無邪気に歯を立てられそうな恐怖にひやり胸が冷え、がばりと起き上がって荒い息のまま目を凝らす。

 見開いた目に映るのは裸で眠る俺の亀頭を、正に艶かしく光る唇で包もうとしている長谷部だった。裏筋を熱い舌先で擽りながら、唇をきゅうと締め上げる。

「うっ」

 どことなく嬉しそうに目尻を下げ、奥深く飲み込んでいく様を間近にし下腹が重くなった。悔しくなって、ぱさぱさと髪の毛を掻き乱していると、薄暗い室内に差し込んだ月あかりで光る目尻から流れる筋。

「はっはっ」

 荒くなってしまう息の合間に、見つけてしまった痕跡に歯噛みする。

「は、せべ」

 今にもぶちまけてしまいそうな欲望から離させて、その潤む紫を見やる。伝う銀糸を親指で拭ってやり、自分のえぐみがある味にも構わず舌を差し込んだ。限界まで水をたたえながら決して溢れない水面を見つめながら、口内が混ざり合わさって、ぬるくほの甘い二人の味になる迄、舌を摺り合わせ続けた。

 泣けばいいのに。

 俺の泣き言は飲み込んで、熱を持つ頬を包んだ。

「もう、慣らしてあるんだろ?」

「ん」

「欲しいか?」

「……ほし、い」

「おいで」

 広げた腕の間に隙間なく絡みつき、俺の頭を抱え込むと、バランスの取りずらい足を引きずり片手を後ろにまわして、迎え入れようとする。淫らで健気な長谷部の肢体に腹筋が痺れるようにうねる。手伝おうとする俺の手を見て頭を振り、俺がすると強情に言い張るものだから、薄い腰を支えるに留めて、その伏し目がちな表情をじっくりと眺める。長谷部のすらりとした脚が戦慄くのを感じながら、目の前でぷくりと立ち上がる尖りに吸い付いた。

「ひゃぅ」

 少しずつ慎重に進めていたのが、ずぐりと入り込み、丁度長谷部が蕩けてしまうふくらとしたしこりを抉ることになってしまう。ぎうぎうと肉棒の頭を食まれ、抑え込まれた衝動が牙を剥く。喉奥を獰猛な獣のように鳴らして、腰を突き上げると同時に長谷部の身体をぎちぎちに絡めとり、再奥まで届かせた。

「んあっあっあっあっ」

「ふぅっ」

 この体制で俺のものを全部飲み込ませると、鈴口が奥の感触が違う襞を叩く。

「やあ‥‥んう‥‥あつい」

 ただ奥まで入り込んで抱きしめる。腰を揺らさずとも、ぐねぐねと鞘が陰茎を吸い上げるように、くっつけた耳に届く心拍に合わせて締め付けるのが気持ちいい。

「んぅ、ん、ん」

 少し腰を回せば、逃がさないとばかりに絡みつく温かな隧道。

「はせべ、動けるか?」

ふるふると頭を振るのに体制を変えようとすれば、また頭を振られる。

「このまま……このままがいい」

 耳元に切実な響きを孕んだ濡れた声が吹き込まれ、ぞくりと項に電流が走った。そのまま俺の耳にかぶりついた長谷部はちゅくちゅくと吸い付いて濡れた音を立てては、荒い吐息をつく。

「くっ」

 激しく突き立てたいのを生殺しのようにされながら、呼吸するようにきゅうきゅうとうねる襞に嬲られては、こらえきれない。時折腰を揺らして声を跳ねさせることで、酷くしてやりたいのを抑える。下生えにふるふるとした精嚢を擦り付けられる感触すらたまらない。

「あっ、んぅ、アァッ」

 背をしならせ緩やかに昇りつめていく長谷部は綺麗だ。この美しい男を抱いているのは俺だ。白い脚を付け根から先までたどり、汗を馴染ませ、腰を強く掴むと奥をこね回すように掻き回す。粘膜がぐちぐちと俺の肉を咀嚼する間隔も早くなる。

「ひぃ、あっ、あっ、ああん、んぅっ‥‥アアッ」

「はっ、はっ、はっ」

 ひときわ強く絞り上げられた瞬間俺の腹に熱い種が吐き出された。とろりとした白濁が腹筋を伝い臍に流れ込む感触すら擽られているようで、小刻みに揺れる腰が止まらない。

「あっ、あっ、い、った、いったからぁ」

 びくびくと痙攣する肉を掻き分け柔く奥を叩く。目の前で子供のようにぐずる様に、陰嚢がぴりぴりと持ち上がる。

「や、ああああ、うっううん、」

「ぐっ、んっ、あっ‥‥はぁ」

 びゅくびゅくと勢いよく子種を吐き出し、何度も何度も胎内に擦り付けた。くたりともたれかかり、いまだぴくぴくと痙攣する身体を支え、その顔を覗き込む。

 紫の宝石からやっと溢れた雫に満足し、その甘露を舐めとると力の抜けた身体を傷つけないように包み込む。

 身のうちの獣が牙をしまい、目を閉じるのを感じた。






 

 あれにしようか、これにしようか、広間の机に色とりどりの写真を広げて秋田は首を傾げ傾げ唸った。この夏の自由研究の成果を前に、どれを締めの一枚にするか秋田は悩んでいた。二枚の写真を見比べる。演練の最中に背中合わせで戦う大倶利伽羅さんと長谷部さん。二人はとても楽しそうに笑っていて、好戦的だなぁ、思わず吹き出してしまう。もう一枚、手を繋いで歩く二人、顔を見合わせて長谷部さんは控えめに微笑み、大倶利伽羅さんは常と同じ真顔だ。違う形、でも、どちらも幸せそうだなぁ。

「やっぱり今かな」

 うーんと悩んで後者を選んだ。

 

「あ、秋田くーん、大変っ、僕と鶴丸さんの部屋なんか天井から水が漏れているんだけど」

 不意に顔を出した燭台切さんが困っているのか、困っていないのかわからない歌うような声で言う。

「ああ、雨漏りですかね。あれ? でも燭台切さんのお部屋一階でしたよね? もしかしたら二階の部屋が水を出しっぱなしなのかも」

「水浸しになっちゃうのは困るなぁ」

「とりあえず、確認に行きましょうか。あ、あと念のため写真を撮っておきましょう。保険はおりないかもしれませんが」

「ボロいのも困りものだね。せっかく少しずつ内装をかっこよく整えてきたのになぁ」

 こだわり屋さんの燭台切さんらしい。例えば隣の部屋の長谷部さんと大倶利伽羅さんなら物が少なく、住めればそれでいいとか言いそうなものだ。

 

「強くなってきましたね」

 外に出ようとしたところで、激しさを増す雨脚に遥か上にある燭台切さんの顔を見上げた。

「秋田くん、僕は雨の日って暗いものだと思っていたんだけど、明るい日もあるんだね」

「ええ、お天気雨とか狐の嫁入りとか言いますね」

「なんだか、きらきらしていて甘そう」

 その考えはなかったなぁ、新たな気づきに胸が少しずつ膨らんでいくような心地がする。

「流石に雨の味は知らないです……色んなものが含まれるので、お腹を壊すかもしれません」

「ふーん、こんなに綺麗なのにね」

「ええ、綺麗です……では身体で感じてみましょうか!」

「身体で? 髪型が崩れちゃうよ。んーでも、物は試しかな?」

 悪くないかもね、なんて見えているひとつの目をパチリとつぶった燭台切さんに、僕もにっこり笑う。なんでも知りたい僕に冒険の仲間ができたようで、そわそわしながら大きな手を引いた。

 

「雨の中を何しているんだ……」

 呆れ顔の長谷部さんと大倶利伽羅さんがこちらを見ている。ひとつきりの赤い傘の柄を持つ龍が泳ぐ腕に、長谷部さんの白い指が控えめに添えられ、何だか雨なのがもったいないなぁと思った。傘がなければ手を繋げるのに。

「楽しいですよ!」

「楽しいよ!」

 手を取り合って雨の中に飛び出した僕たちは、すっかり楽しくなってはしゃいでいた。錆びない身体で浴びる雨は冷たくて気持ちいい。激しければ激しいほどワクワクしちゃうのは何でだろう。

「……そんなキラキラした目でこっちを見るな……やらないからな」

 はしゃぐ長谷部さんというのも想像できないけれど、少し残念だ。

「ほどほどにしとけよ。大きいのと小さいの」

 去っていくふたりの背中に僕だって大きくなるかもしれないのにっ、と不満の念を送っていると、不意に大倶利伽羅さんが振り返った。

「……気持ちはわかる」

 ふ、と漏らされた笑みに目を瞠って、燭台切さんと顔を見合わせた。

「め、珍しいです…」

「うわぁ、何だろこの気持ち……」

「アァッ、また写真撮れなかった……」

「でも、きっと僕覚えているよ」

 何でもないことのように燭台切さんが言うので、そうだけど、そうじゃないと僕は思ってしまった。

「記憶は薄れてしまうものですよ」

「そうなのかい? 」

「だから、僕は記録を残したいです」

「ふーん」

 納得いかないのか、興味をなくしたのか、少し弱くなってきた雨を見つめて空を仰ぐ燭台切さんは、沈黙の後にぽそりと言葉をこぼした。

「……今、確かに覚えていたいと思ったことは、残るような気がするよ」

「ええ……あ、雨漏りを確認するどころじゃなくなってしまいましたね」

「そうだ、僕の部屋!  鶴さんがひどくしてるかも!」

 慌てて部屋に向かう燭台切さんの雨が伝うぺしょりとした髪の毛は太陽の光を弾いて、とっても綺麗だと思った。黒はつまらない色だと思ってた。黒はただの黒じゃないんだなぁ、深い蒼を帯びた髪は濡れ羽色とでも言うのだったか。この色もいつか難しいけれど、写真に残せたらな。わくわくしてぱくんと跳ねる心は、単純じゃないのが面白いと言っている。濡れて張り付く髪をかきあげ、広い背中を追っかけた。

 

 

 





 

くりへしの日によせて

​04/09/2016

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