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sugar, water,vodka.

 

 

 

 

 

 かつて大倶利伽羅は無口であった。多弁なものを煩いと思い、放っておいてくれとすら思っていた自分はなんと若かったことか。大倶利伽羅は知らなかったのだ、人の身体は喋らずにいられない時があるということを。

 そんな大倶利伽羅はいま言葉を封じられている。

 己の想い人である切れ味鋭いへし切長谷部に。


 

 この本丸のへし切長谷部は、仕事はできるが不器用な質だ。事務的な言葉はすらすら出てくるのに、自分の感情を伝えるとなると途端にどもってしまう。思考回路が特殊な癖にせっかちだから、自ずと言葉が乱暴になったり途切れたりする。長谷部の真意を理解するのはなかなかに骨が折れるので以前は周りに誤解を受けがちだったのだが、大倶利伽羅は最初から悪い印象はなかった。真面目で規律には煩いが日常はいたって静かな方だし、空気に溶け込むように存在が煩くない。あのたなびく細長い装束ではないが風のようだと思う。存在することによって眩しい上に黙っていても空気が煩い鶴丸国永とは違う。言葉のやり取りの難しさだって、ただ待ってやればいいのだ。なにぶん大倶利伽羅は必要以上に喋りたいことはない質だし、ゆっくりと呼吸をして待っていれば長谷部が言うことも飲み込める。何よりあいつの瞳は雄弁だった。ほっとけないものを感じて接しているうちに、その真っ直ぐな切れ味と綺麗な瞳、そして歪な有り様に、いつしか魅入ってしまったのはしょうがない。あれは美しい刀なのだから。

 かくして、気に入ったものには愛馬しかり、しっかりと手をかけてやりたい大倶利伽羅は、長谷部に触れたいと思った時には告白していた。言質をとってから触れるべきだろうと思ったからだ。大倶利伽羅は馬を愛でる時も目を見て触らせれてくれと断って、同意を汲み取ってから触る。ただただシンプルに「好きだ」と言った大倶利伽羅に長谷部が、ぴしりと固まってあうあうとしばらく口を動かしている長い間、焦ることはなく、むしろひどく心を躍らせながら待った。長谷部の瞳が驚愕の色を浮かべた後、怯えを含みながらも菫色の砂糖菓子のように甘く好きだ好きだと訴えかけているのをわかっていたからだ。万屋からの帰り道、雨に降られ避難した軒下で向かいあい、雨粒が落ちる音を童謡一曲分ぐらい聞いた後に消え入りそうな声で「お、俺もだ」と言うのが耳に入った瞬間、手を伸ばしびしょ濡れになって頰に張り付く髪を耳にかけてやって、瞳に貯まった露をすすった。

 その後は、想定よりも性急にまるごとぺろりと頂いてしまったが。

 

 そう、あの時は待つことなど容易いと思っていたのだ。

 それが────。

 

 長谷部と想いを通じあわせてからの大倶利伽羅は、自分でも驚くほどに長谷部を前にすると伝えたいことが浮かび、すらすらと口からこぼれるようになった。その多くは睦言で、感情のこもったそれは、普段よりも低く柔らかく響く。あまり声は張らずに至近距離から長谷部の耳に言葉を吹き込み続けるのは大倶利伽羅にとって純粋に楽しいものだった。長谷部は最初、びくりと肩を跳ねさせ固まっていて何も言葉を返さなくなったが、愛でるのに忙しい大倶利伽羅は待つことなく囲い込み言葉を降らせ続けた。そうしたことを何回か重ねた後、長谷部は目をうろうろと彷徨わせ、それから距離をとるという行動に出るようになる。少し離れた場所から怯えたようにこちらを伺う小動物のような瞳に、なおさら胸をくすぐられ逃げられた分だけ距離をつめて言葉を重ねれば、また一定の距離を逃げる。追いかけっこのようなやりとりを繰り返していると長谷部は遂に震えだした。児戯に耽る短刀のようになっていた大倶利伽羅は浮ついた気持ちから覚めて、さすがにこれは待ってやるべきかと目を見て「なぜ逃げる?」と促してやる。

 たっぷりと時間をかけて長谷部が言うには、自分は顕現した時から文字なら問題ないのだが音を処理するのが苦手だ。その中でもお前の声が苦手かもしれない。いや、普段の声ならまだ少しそわそわするぐらいでいいのだが、その甘い声はだめだ。なんていうんだろうか、震える空気にぞくぞくして毛が逆立つ。最初はどうしたらよいのかわからなくて動けなくなった。今は勝手に身体が動いてじっとしていることが難しい。

 その練度も充分の強い刀が戸惑う様に、くすぐられるどころではなく胸を引き絞られた大倶利伽羅が、再度言葉を紡ごうとすれば、口に手を当てられ遮られる。

「慣れるまで、そういったことを言うのはやめてくれないか?」

 本当に参ったとでもいうような色を帯びた濡れた瞳に、長谷部を困らせたいわけではない大倶利伽羅は頷いた。そう、かつて行動で示せば充分で、わざわざ気持ちを伝える必要はないと思っていた大倶利伽羅は知らなかったのだ。好きなものには喋りたいものだし、愛を伝えられないのがこんなにつらいことだと。

 言えない言葉の分だけぐるぐると腹に熱が溜まるようで、大倶利伽羅は今日も溜息をつく。

 

「溜息ばっかりだね、疲れた?」

 麦わら帽子ですら着こなした燭台切光忠が、収穫の手を止めずに微笑みながら問うのに少しばつの悪い心持ちで答える。

「……長谷部に睦言を言うのを禁止された」

「え? 愛を囁けないのは不便だね……文を出すとか」

「一度出したら、頭に残って眠れなくなるからダメだと言われた」

「どんだけ重たいのを書いたの……じゃあ、気持ちを込めた美味しい野菜作って渡せば?」

「……時間がかかるだろ」

 一瞬きょとんとした光忠が傍らのピーマンを手にして、いつものようにぼそぼそと囁く。つやつやとした緑の未だ小さなそれがぴるぴると震えたと思ったら、ぼふんっと赤くなった。光忠のどうだと言わんばかりの笑顔が煩い。まだ未成熟なピーマンが大きな赤ピーマンに、苦味が消えて長谷部が喜ぶ……じゃない。これはもう遺伝子書き換えじゃないか。何かに気持ちを込めて贈るのは悪くない案だが、これはお前しかできない技じゃないのか。それに……。

「こんな野菜に囁いても虚しいだろ。本人に伝えたい」

「へぇ〜」なんて言いながら弓なりになった目が笑っているのが癪にさわる。よくよく考えてみれば長谷部もこの野菜みたいな状態だったのだろうか、いっぱいいっぱいで頭が茹だった長谷部の顔が浮かぶ。その耳にありったけの言葉を吹き込みたくて、口がむずむずとするのを歯を食いしばって抑えた。

 抱いたものを伝えずにはいられない、これも伊達の刀の性分か。





 

 へし切長谷部は怯んでいた。隠れようが無駄だと常日頃言っている己が、恋仲である大倶利伽羅を前に隠れるまでは行かないものの足が竦む日々を送っている。情けないと自室でごろんごろんと転がってみても事態は好転しない。わかっている、わかっているのだ大倶利伽羅が悪い訳では無いことは。自分の意志とは違う部分で、この肉の器が反応してしまうのだ。彼の綿菓子のような声が耳に入ると、途端に頭がのぼせ上がって、うまく息ができなくなる。身体だって繋げた仲なのに。よくよく考えれば、その過失は彼にだってあるのではないか。あの無口な男があんなに愛の言葉を囁くだなんて知らなかったし、想像すらしていなかった。

 伊達の他の連中に比べて大人しいななんて感じていたけれど、隠れていただけなんて……!

 

 頭がむずむずして、総毛立つような感覚に耐えかねて、睦言を囁くことを禁止したはいいものの、顔を合わせた時の言葉を我慢する様子に今度は胸が痛い。眉が下がって瞳が潤み唇を尖った歯できゅむりと噛む大倶利伽羅。そうじゃない、そんな顔をさせたいわけじゃないんだ。ひきつれたような痛みをもたらす心臓を抑えることもできずに、手を握りしめる。自分の不甲斐なさで、誰よりも優しくしてやりたいものを悲しませるなんて、情けない。

 わたわたと長谷部が立ち止まっていたら、最近の大倶利伽羅は花をくれるようになった。

活け方なんてわからないけれど、枯らすことだけはないように水が並々と入っている花瓶で咲く白い花弁を見やる。やはり少し腹がむずむずとするが、囁き声よりは平静を保てる気がする。

(きれいだなぁ。どんな気持ちでこの花を選んだのだろう?)

 いまだ寝転がったまま、つんつんと柔らかい花びらをつつく。柔らかな感触に癒される心地がした。せめて、大倶利伽羅の選んだ花だけは大事にしてやりたくて、生態を調べようと思いたつ。切花だが、長持ちさせる方法もあることだろう。

 

「ブーゲンビリアですか? きれいですね!」

 びくりと身体を起こせば、廊下を通りがかったのであろう秋田藤四郎がこちらを見ている。

「……これはぶーげんびりあというのか?」

「はい! 他にも色んな色がありますよ」

 

 花の名前を調べる手間が省けたと秋田に礼を言って、図書室に向かう。親切なことに秋田は花の図鑑がある場所も教えてくれた。知ることは楽しいという秋田の気持ちが以前はとんと理解できなかった。役目以外のものを知ってもしょうがないだろうと。それが、こんなにも私情極まりないこと、戦うのに何の役にも立たないことを、嬉々として調べている己に笑いが漏れる。

 穏やかな顔で図鑑のページをめくる長谷部はブーゲンビリアの花言葉を知って、またもや顔を覆って転がるはめになる。

 流石、攻撃力の高い刀だ。もう、一撃で長谷部はぐずぐずのなまくらである。



 

 顔を覆って転がるばかりではいかんと、なんとか立ち上がった長谷部は乱藤四郎の元に向かった。何故か長谷部は乱にはどんな情けないことでも素直に相談できてしまうし、乱は長谷部の知らないことを沢山知っていて教わることが多いからだ。あの小さくかわいい刀なら解決の糸口を示してくれるかもしれない。大倶利伽羅が言葉を挟まず待ってくれるのに対して、乱はぽんぽんと問いを投げかけてくる。方法は対極なのに、長谷部が話しやすい二人なのだ。

「ようは慣れなんじゃないのかな?」

 相談に押しかけた長谷部の蛇行しながらのたりと進む長い話を聞き終えて乱はそう言った。

「もしくは、受け止めるばかりだからパニックになるんだよ」

 何が楽しいのかにこにこと笑いながら乱は投石の動作をする。

「いっそ打ち返してみたら? もしくは先制攻撃で長谷部さんから投げる!」

 パチンと音がしそうなくらいのウィンクを間近で受け止めた長谷部はかくかくと首を縦に振って、小さな口から生み出される魔法のような助言に耳を傾けた。


 

『自分から投げる!』

 乱からの助言を胸に大倶利伽羅の自室に向かった長谷部が、声をかけてから障子をそろりと開けて覗き込めば、壁に寄りかかって読書をしている大倶利伽羅がこちらを見ていた。そのまっすぐな瞳に怯みそうになるが、乱の言葉が頭によみがえる。

『言葉が駄目なら行動で!』

 いまだ足が竦んで室内に踏み込めない長谷部は教えてもらった通りに武骨な指を折り曲げて、胸の前でハートマークを形作る。

『そこで目を見て瞬きパチパチ!』

(むむ、反応がない)

『畳みかけるように投げる!』

 指先を唇にあて、ちゅっと吸ってから投げる。

(微動だにしないぞ)

 動かないなら、傍に寄っても大丈夫かもしれない。恐る恐る猫のように近づいて、固まり続ける大倶利伽羅の唇に己の唇を軽く触れ合わせた。あれ? そういえば口づけも久しぶりかもしれない。気が抜けた一瞬にがぶりと唇に噛みつかれる歯の感触と腰に回る力強い腕。

(乱、投げたら、もっと強く返ってきたぞ! 悔しいがこの男の力には勝てない! こうしがみ付かれては一時撤退も難しい!)

「煽るってことは喋ってもいいのか?」

「え?」

「伝えられないのは……堪える」

「あ、」

 伝える術を得た刀は、伝わらないのは苦しいことだと知ってしまった。ただ流されるまま見ているだけの日々が脳裏によぎる。あの時は知らなかったのだ、こんなに身体が軋むぐらい辛いものだったと。いやだ、あんな寂しい思いを、この優しく強い愛しいものにさせたくない。

「や、」

 この身が溶けるぐらいなんだと言うのだ。この無垢な瞳を曇らせるぐらいなら、羞恥心など。大丈夫、もう大丈夫だと、長谷部は頷いた。


 

 それからは、溜めてたものを吐き出すかのように大倶利伽羅は言葉を降らせ続けた。

「好きだ」

「かわいい」

「食べたい」

「無自覚なあんたが何かする度に勃った」

「入れたい」

「あんたの中で溶けたい」

「あんたをぐずぐずにしたい」

「美味しそうなあんたが悪い」

「あんたはどこも甘くて困る」

 覚悟を決めてもやはりこの破壊力は大したもので、しがみつかれ囁かれる言葉を追ううちに頭の中で星が弾けて意識が遠くなった。



 

 身体の中で生まれる熱にはっと目を瞬けば、いつの間にか布団の上に寝かせられている。お互い裸であらぬ所には熱が差し込まれているし、身体は既にぐにゃぐにゃだ。頭を振れば、酔っ払ったようになった己が大倶利伽羅の手に導かれてぐずぐずにされる過程がよみがえってきて、胎内を往復する熱に強くすがりついてしまう。

「んんっ」

 長谷部が混乱している間も、次々に降り注ぐとろりとした甘い言葉。

(お、終わってなかったのか!?)

「肌がきらきらと輝いてよがるあんたは最高に綺麗だ」

「ひっ」

「その甘い声をずっと聞いていたい」

「やっ」

「どろどろになっても清廉で、もっともっと汚したくなる」

「んんんう」

「全部食べたい」

「あっあっあっ」

「好きだ……好きだ」

 絡みつく蜜で溺れてしまう。長谷部の脳の処理能力を超えたどろりとした睦言の数々は、切れ味鋭い刃すらものともせず、覆い尽くしてしまう。

(やっぱり、むりむりむり!  錆びる!)

 こもった熱を吐き出すようにはふはふと呼吸をしても、湿った熱は逃げずに溜まるばかり。その口を覆ってしまいたくて震える手を背中に爪を立てることでなんとか抑える。甘いシロップの中に漬けられて、ふにゃふにゃになった身体と酔っ払った思考。頭の中で粘度の高い液体まみれになった小さな俺がぽこぽこと怒り、手足をじたばたとさせる。「お、俺は切れ味鋭いへし切長谷部だぞ!」きぃきぃと喚きつつも、嬉しそうに桜が舞い、やがてその花びらはとろりとした液体に絡め取られていく。

(……俺の頭はもうだめだ、でも……。な、なんとか返す、どうしたらいい!)

 まずは攻撃を封じる。手だと前と変わらない上に何も伝わらない。目の前で動くぷるりとした唇をはむりと口で覆って少しもぐもぐと動かしてから、器用に動く舌も絡めて拘束する。

(ん?)

 止めたはいいものの、自分が伝える術もないのでは、ということに今更気付く。

(動かせる部分……)

 ぎゅうぎゅうにしがみついて、脚も絡ませ舌ごと口を吸う。

(んァッ)

 力を込めたらあらぬ所まで締め付けてしまって勝手に気持ち良くなってしまった。頬が熱くなり潤んだ目で大倶利伽羅の瞳を見つめ、ぱちぱちと熱視線を送ってみるが、我ながら分かりづらいことだと思う。

(うっ苦しいっ)

「ぷはっ」

 息が苦しくて唇の拘束を解いても大倶利伽羅は止まったままで、これは好機だ。ちょっと頭がふわっふわっだが気にしない。ふぅふぅと息を整えて、こちらから投げるんだ。こんな時は乱が言っていた、そう。

『豪速球のストレート!』

「好き」

(……言えた! 言えたぞ乱!)

 そうか、伝えることはこんなに嬉しいことなのか。ゆるゆると口が緩んで締まらない。

「あ、うん、はせ……べ、すまない」

「へ?」

 目の前で苦しげに歪められた顔を伝いぽたぽた落ちてくる汗に、肌をくすぐられて背筋が震えた。

「止まらない……かも……しれない」

「え? あっアッ、つよ、い、んっんっ」

 一拍見つめあった後に強く打ち付けられ、長谷部の弱い場所ばかりを抉る固く爆ぜるような熱。はしたない嬌声ばかりこぼれる口は、もつれる舌でやっぱり言葉を紡げない。汗と一緒に降り注ぐ甘い言葉で溺れてしまいそうだけど、脳内の小さな長谷部は開き直ったように泳いでは、甘いシロップを喉を鳴らして飲み込んでいる。

「んふっ」

 我ながら強欲なことだと笑いながら、大倶利伽羅の躍る身体にもっともっとと全身で絡み付いた。伝わったのか腰を掴む力が強くなる。そのくい込む指の力にすら悦ぶ身体がひとりでに戦慄き、溢れる唾液で喉を潤した。





 

 乱藤四郎はかわいいものが好きだ。そして、埋もれている原石は磨いた方がいいと思う質だ。だって、シンデレラストーリーなんて、わくわくするじゃない? 自分の魅力は伸ばして使ってなんぼ。なんというか、結構もったいながりなのだ。そんな乱が勿体なさ過ぎる国宝にアドバイスしたのはつい最近のことだけど、自分の前に今いる彼の顔は決して柔らかいものではない。

「乱……検証の結果、キャッチボールはほどほどの強さで定期的に投げた方がいいということがわかった」

「はぁ、うん」

 上手くいったのかどうか目の前の表情と言葉では判断がつかない。

「あと、お前にこれを」

 差し出されたピンクのかわいい花束を前に瞬きを繰り返す。

「ありがとう……なにこれ? わざわざ買ってきたの?」

「うむ、最初は庭に咲いているのでいいのがあればと思ったんだがなくてな。万屋でお前に似合うのを探していたらそれになった」

「……も、もぉ! ずるい! そういう無自覚なの! 恥ずかしい! そりゃ、くりからさんも大変だよ!」

「ん?」

 きょとんと首を傾げてもダメなんだからね!  苛烈な刀の中身が甘いお菓子みたいなんて信じられる? そういえば、僕には線の細い美少年の外見で中身がおっさんな兄弟もいた。

「ちなみにくりからさんに贈るなら?」

「ひまわり……だな」

「即答なの……聞いたのが馬鹿だった……暑い! 暑い! お花も萎れる暑さ!」

 やげん! やげん! どこ! さっぱりしたぁい! なんとも言えない甘ったるさに心の中で豪気な兄弟に助けを求めてしまう。

「素直な気持ち……言えるようになっている……でも、くりからも乱も赤くなる? なんでだ?」

 顔を覗き込まれ、間近で見たきゅるんとした目に我慢ならなくなり、かわいくない叫び声が心のままに出てしまった。

「わぁぁぁあ!!」

 思わず近くにあるきれいに光を反射する髪の毛をくしゃくしゃにしてしまうと、耳の後ろにびっちりと付けられた虫刺されのような赤が目に入る。

「ぎゃああああ! 全部暑さのせい! あと、しょっぱいものほしい!」

「大丈夫か? 塩分を欲しているとは、熱中症の前触れではないのか?」


 

 ぼさぼさ頭の長谷部を尻目に、花だけはしっかりその手から頂いて逃げ出した。この乱藤四郎が敵前逃亡とは悔しい。はぁはぁと息を整えていると欠伸を噛み殺す大倶利伽羅と出くわしたので、無言で進路を塞ぎ片手を上げる。

「ん」

「……なんだ?」

「ん!」

 訝しげにしつつも上げられた手に、バチンと全力で一発。ちょっと力を込めすぎたかもしれない。

「っ……なんだ?」

「交代タッチ!」

 お姫様の出番はなし! 王子様が二人の童話なんて乱れてるけれど、どっちもお互いしか見えていないのだから盛り上がりには欠けるね。

「えへへ、長谷部さんにもらっちゃった……羨ましい?」

 きろりと目線が鋭くなったのにおどけて、「王子様はあっちだよ」と指で示す。心なしか早足で遠ざかっていく背中を眺めていたら、くるりと振り向き、ポンと言葉だけ転がされた。

「例え、王子と姫が結ばれても、龍は王子を飲み込んでしまうさ」

 ひゅっと呑んでしまった息を細く吐き出して、どちらかというと龍と生贄か、なんて心の中で長谷部に合掌しながら、小さくなっていく白いシャツを見送る。

「眩しいなぁ……」

 高く掠れた吐息まじりの呟きが、空気に滲んで消えるのが自分の声じゃないみたいに聞こえた。







 

(あれ?長谷部さんの忘れ物かな?)

 図書室に昆虫図鑑を借りに来た秋田は机の上で風にパタパタと揺れる、二つ折りにされた書き付けを前に首を傾げた。自ずと目に入ってしまった内容に、後ろめたさを覚えつつも驚きでぱちぱちと目を瞬かせる。

「ふふ、熱烈だぁ」

 そうか、長谷部さんは結構情熱家なんだなぁなんて、新たに知った意外な事実に胸がどきどきとする。秋田は大事な忘れ物を届けるべく、蝶のようにはばたく紙が飛んでいってしまわないように丁寧に畳んでポケットにしまった。












 

ブーゲンビリア  ─ あなたしか見えない

トルコキキョウ  ─ 清々しい美しさ

向日葵  ─ 私はあなただけを見つめる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

​24/07/2016

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