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Eat you / Eat me​

紫陽花

 


 

 歌仙が好き勝手に手をかけた結果、緑の気配も濃くなった庭を誘い込まれるような覚束ない足取りで長谷部は進む。

大事な彼はどこに。

部隊長からの報告を受けている間に消えてしまった姿を探して、柔らかな土を乱暴に踏みしめれば、あの子がついでだからと磨いてくれた革靴が汚れた。かすかに鉄錆の匂いが鼻をくすぐる。

すぐ近くにいる。

大きな桜の幹を追い越した先、以前見た時より増殖しているように見える丸く広がる葉と淡い青の群れの前に探していた背中が見えた。ぼろぼろの衣服で止血はしているようだが、明らかに左腕を欠損している姿に、報告を受けていたとはいえ、心臓が嫌な音を立てるのは免れない。こんな時に何をしているのだ、と怒りに似た感情を爆発させて長谷部は大倶利伽羅の肩に手をかけた。
「おい、はやく手入れを受けろ!…………っ」
ぼんやりと長谷部を見上げるまなこに潜むいつもの好奇心のかけらに、喉を詰まらせてから嘆息した。
気になることに没頭してしまう性質は今までも見て取れたが、痛みを伴うものでも頓着せずに気の向くままに行動してしまうとは。彼の自由な振る舞いを愛しているが、育て方を間違えたかもしれない。

褐色の肌に、ぱさり、土がかけられる。

大倶利伽羅は無事な方の右手で紫陽花の根元を闇雲に掘り返し、切り落とされた左腕を埋めようとしているところだった。
「何を、している」
長谷部の焦りを置き去りにまた、ぱさり、柔らかな土がかけられ漆黒の龍が汚される。
「紫陽花は土壌のpH値によって色が変わるという……肉をやれば変わるはずだから確かめたかった。俺たちの肉も人と変わらないものなのか」
淡々とした音を背景に横たわる肉の塊から滴る赤が、じくり、土を濡らすのを目の当たりにして、腹の奥から沸き起こる痺れるような苛立ちが喉を震わせた。
「……だめだ」
振り返った大倶利伽羅がわずかに目を見開く。
「…もったいない」

────それは俺のものだ。

唇を震わせるばかりの長谷部をしばし見つめた大倶利伽羅は、立ち上がると拾いあげた腕を放った。
「そら」
びくりと身体を揺らして正気に戻った長谷部は、慌てて言葉を吐く。
「……資源の無駄遣いは…」
切り離された肉体もあった方がゼロから再生するより手入れにかかる資源は少なくなる。近侍としての責務を思い出した長谷部の口からは誰に対して言い募っているのかわからない言い訳じみた響きの音がこぼれた。
落とした視線の先で冷たい肉塊になってしまっている腕を縋るように抱きしめると、ぐっと腰にたくましい腕がまわった。濃密な血の匂いに目眩がする。
「本音は?」
「は、」
こてんと傾げられた首が小憎らしい。
「あんたの本音を聞かせてくれ」
呆然と金を見つめ、欠けた傷口に欲で震える指先を這わせれば、びくりと肉が震え布越しに染み出した生温かい液体が、とろりと絡みついた。
「俺は……」
熱をたたえた瞳が長谷部を見ている。
「俺は、これを、他のやつにやるのは惜しい……お前がいらないなら俺のものだ」
きゅ、と甘く瞳が細められ、わななく唇がひび割れた唇に覆われた。ひやりとした温度。いつもは長谷部より高い彼の体温が低くなっている。砂ぼこりと鉄の味を感じながら、渇いた彼を潤すように舌を這わせ、熱を分け与える。絡みつく舌と舌を擦り合わせてあふれ出す唾液をかき混ぜれば、粘っこい水音が耳朶を濡らした。じゅ、と可愛らしく舌を吸われ、すぐさま獰猛に歯を立てられる感触がたまらない。上がり続ける熱に溶かされるように長谷部の本能が欲望をがなりたてる。

ひとかけらの肉片も破片も俺のものだ。この苛烈な男は俺のものなのだ。

腕に抱えた物言わぬ肉塊に思わず爪を立て、うっとりと閉じてしまっていた瞼を上げれば、間近に広がる蜜色は変わらずに長谷部を見ていた。熱を持って観察する瞳にぞくりと背筋を痺れが伝い、厚く肉感的な唇を甘噛みした長谷部は、ゆるく反応していた己の雄から、じくり、こぼれだす雫を感じた。
「ん、…はぁ」
わずかに唇が離れた刹那、引き寄せる腕の力が強くなり、硬い雄が押し付けられる。
「…熱い」
吐息混じりに囁かれた低い音に、じゅ、と唾液があふれた。
もっと温めたいと濡れて扇情的な口元に吸い付こうとしたところで、ふっと音が消える。
ほおに雫の感触を感じたかと思えばすぐに粒は大きくなり、激しさを刻々とます雨と立ち上る土の匂いに囲まれることとなった。
見つめあい触れ合う寸前の唇をたわませる。声もなく笑っていると冷静な声がかけられた。

「手入れを受けてきてください」

慌てて離れた長谷部は傘を差し出す小夜の姿を見て、褐色の腕を抱きしめる力を強くした。
「全身真っ赤な鶴丸さんがはしゃいで飛び回っていたので、堪忍袋の尾が切れた歌仙が天候の設定を激しくしてしまいました。強い雨はしばらく続くと思われます。長谷部さんには、すでに手入れ部屋で伸びている鶴丸さんの監督も頼む、とのことです。……冷えないうちに」
頭を下げて戻っていく小夜の後ろ姿を見送り傘を広げると、大倶利伽羅に差しかけつつ左腕を抱え直した。龍が這う濡れた褐色の肌はもう生きていないというのに艶やかで、本当にこのまま自分のものにできたらという考えがちろりと脳裏をかすめる。血の赤が雨で薄まり薄桃色を孕んで流れていく。鮮やかな緋が覗く切り口を食んで啜りたい、率直すぎるこころが囁く声を意識すると、下半身に絡みつく気だるい熱が温度を上げた。
「っ、」
ふ、とくすぶるものを吐き出した瞬間、ずろり、黒い影が動いた気がした。

まさか。

それは極めてゆっくりとした速度だが、螺旋を描く龍がずずずと長谷部の方に這い寄ってきている。息をのんで見つめる先で、土で汚れた指が龍をくすぐった。
「おい、こっちだろ……早くくっつけないと出ていくな、これは」
本当に、と金色の瞳を見つめても冗談の色は伺えなくて、どうしたらいいのかわからず長谷部は左腕をむやみに揺らした。
「……く、倶利伽羅龍よ、お前は大倶利伽羅に属するものだろ、えっと……離れて彼に不具合が出てしまっては困る…どうか、ここに居てくれ」
通じるのかもわからない言葉を言い募りながら、手入れ部屋に向かって大倶利伽羅の体を押すと、雨音に紛れて柔らかな吐息が聞こえた。
「ふ……嘘だ、機嫌は損ねていそうだが、出てはいかないだろうよ」
一瞬固まって、ようやくからかわれたのだと気づいた長谷部は大倶利伽羅の体に何度も体当たりをした。
「おい。肝の冷える冗談はやめろ」
「っ、それはあんたの肌に絡みつくのを好んでいるからな」
ざらついた指が張り付く煤色の髪を耳にかけ、痛々しいくらい赤くなっている耳朶にそっと唇が寄せられる。

「あんたの焦った顔、何度でも見たい」

ひどく胸が躍る。

甘ったるい言葉がとろりと耳から忍び込むと、元から彼に甘い長谷部は怒りを持続することもできず、いつの間にこんな口説き文句を、とただ眉尻を下げて満足げな顔を見つめることしかできないのだった。

降参だ。

彼は、いつだって、長谷部を喜ばせることがうまい。







その後、貧血で力の入らなくなった大倶利伽羅を長谷部がお姫さま抱っこして運び、それを見た鶴丸が「ぶふっ伊達男がっ、そんな、アハッハははっ、…ぐ、いた、く、笑えるのに笑えない」と痛みと笑いで悶絶し、賑やかな手入れ部屋の気配に小夜がひっそりと笑みを浮かべたのは、また別のお話。


 

​くりへしワンライ「紫陽花」「濡れる」

02/06/2018                               

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