知らないこと
「ちょっと二人ともなにしてんの!?」
正にキョトンと音がしそうなくらい、お揃いのとぼけた顔をしてこちらを見る大倶利伽羅と長谷部を前に、燭台切光忠は、その顔こっちがしたいよ!と内心で叫んだのだった。
もうすぐ日も暮れだす頃、軽く鼻歌なんて歌いながら燭台切は機嫌よくそら豆を鞘から出す作業をしていた。ふかふかの鞘の内側がくすぐったい。最近この本丸に連れてこられた燭台切はこういった作業ですら目新しくて楽しくてしょうがない。今日の厨当番は燭台切と大倶利伽羅で、隣では暑いからか長い後ろ髪をくくった先輩にあたる同郷のよしみが言葉少なに教えながら、ひたすらに玉ねぎを刻んでいる。
「そら豆は茹でる直前に鞘から出した方がうまい」
うんうんと素直に頷きながら、目に映るその手の速さに嘆息する。
豆といえば、夏になったら枝豆がとれるだろうか、そしたらずんだも作れる。新米刀剣男士でもソウルフードは刻みつけられているらしく、食べたこともないのに口の中に涎があふれた。
「水をもらえるだろうか」
かけられた声に振り向くと、遠征帰りらしく武装をつけたまま顔を出した長谷部が大倶利伽羅の方に歩いてくる。
「冷蔵庫に麦茶が冷えてるぞ」
「ああ。くりから」
「ん」
え?
目にした光景に手が止まった。なんでもない日常的なやりとりをしていた二人が急に、阿吽の呼吸で口付けをしたのだ。軽くふにりと合わされた唇がすりすりと確認するように動く。ちろりとお互いからのぞいた舌が絡んで、どんどんとその口付けは深くなっていき、ぴちゃぴちゃとした水音が聞こえてくるぐらいになったところで、思わず燭台切は無様に叫んだのだった。
最初は、どうしても違和感は拭えないが挨拶なのかな〜? と思おうとした。だが、もうここまで濃厚なやつをされてしまうと突っ込まざるを得ない。こころなしか己の顔が熱い。あれ? おかしくない? 恥ずかしがるべきは二人なんじゃないの?
いまだ何がおかしいのかわかっていない二人に、こちらが困惑する。そんなにかわいい顔してもだめだ。だって、燭台切は知っている。深い口付け、いわゆるディープキスとやらは、恋仲のものがするものだと。身だしなみに気を使うところで意気投合し、仲良くしている加州に貸してもらった少女漫画で読んだのだから。
あれ? じゃあ、もしかして二人はつきあっているのかな? それにしても人前でするのはどうかと思うが。
「ふ、ふたりは恋仲なのかな?」
「は?」
「ちがう」
「え? じゃあ、なんでキスしてるんだい?」
「家族の挨拶だ」
んんん?
詳しく聞けば、長谷部いわく、この挨拶を始めたのは粟田口の鯰尾が寝る前の五虎退にしているのを見たのがきっかけらしい。それは何だ? と純粋に疑問に思った顕現間もない長谷部は問うた。そしたら、家族ならおはよう、おかえり、おやすみ、などの挨拶といっしょにキスをするものなんですよ、と鯰尾は真面目な顔で答えた。あの鯰尾が真顔でいうぐらいだ、これは大事なことらしいと長谷部は考えた。しかし、長谷部には家族と言えるような縁者がこの本丸にはいない。そんな時に思いついたのが大倶利伽羅なのだ。左文字も候補に挙がったが彼らにはもう兄弟がいる。家族というには少し遠いかもしれないが、大倶利伽羅にも縁者がいないことだし、丁度いいと思ったのだ、と。丁度いいってなに? とつっこみどころが満載だが、ひとまず燭台切は飲み込んだ 。しかし、これだけは言いたい。
「でも、それならそんなに深いやつする必要なくない!!?」
「深い?」
「……っ、舌をべろべろちゅっちゅっするやつだよ!」
相変わらずキョトンとしたまま返してくる長谷部に、なんでこんなことまで説明しなきゃんないの!? と思いながらも燭台切は答えた。
「その方がきもちいい」
淡々と答える大倶利伽羅に開いた口が塞がらなかった。なにこの子? 正直すぎない? 長谷部くんも隣で頷かない。
「そうか、燭台切は縁者がいないからな……寂しいんだろ」
そういうことじゃない……。なんだかとっても疲れてうな垂れたところでポンと肩を叩く、綺麗な赤が塗られた爪を持つ手。
「天然本丸へようこそ……つっこみが増えて嬉しいよ」
棒読みで喋る加州を横目に、思わずため息がこぼれた。
キスの日によせて
24/05/2016
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