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loop&loop

▷少年のすゝめ

 

 

 ぎちり、と縄が軋んだ音を立てる。後ろ手に拘束された状態で布団の上に転がった大倶利伽羅は、不自由さと少しの驚きに目を瞬かせた。薄暗闇の視界に突き立つ真珠色した脚はいつもの美しさを湛えたままで、溢れる唾液を纏わせた舌を、綺麗な円を描くソックスガーターの下に潜り込ませたくて仕方がない。爛れた頭の中をみじんも見せない真顔で視線を彷徨わせた大倶利伽羅は、ようやっと動き出した寝起きの頭で己の状況、ひいては目の前で仁王立ちする長谷部のいでたちがおかしいことを認識した。

 つろぉと視線を、柔軟な筋肉を孕んだふくらはぎから、形の良い骨の形がわかるつるりとした膝、適度な肉付きに目が緩む腿と這わせて、揺れる白いシャツの裾の合間から、見え……ない。下着は履いているのか。いや、充分におかしい。いつもの軽装から紫色のスラックスだけが取り去られ、幾分間抜けにも見える装いは実に大倶利伽羅を煽る。折り目正しいピンタックシャツの上で、戦場でのそれのように、にたり笑みの形に唇を歪めた長谷部を見上げ、彼の突飛な行動をどうしたものかと大倶利伽羅は嘆息した。

 

 おかしな兆候はあったのだ。

 大倶利伽羅が長谷部を花開かせることに固執したことにより、彼を手の中に閉じ込め翻弄している自覚はあった。けれど、それはあくまで自由に出ていける強さの拘束である。いずれ彼が己の予測を飛び越える予想はしていた。彼は予想外なところが面白いのだから。

 まず、長谷部は逃げ腰をやめた。大倶利伽羅のすること全てを受け止めるようになった。簡単に水が溢れてしまうと思っていた容器が底なしだった時の驚きといったら。彼の器には過剰な快楽も、敏感になってしまった脚にされる施しも、彼は受け止めた。

 そして、欲しがることを覚えた。褐色の手を誘い桃色の胸をいじるようにねだったり、身体全体を擦りつけたり、それはとても下手くそな仕草だったが、それだけに男を煽ったものだ。

 最近では言葉が追いつき、ぐずるばかりの口から誘う言葉を吐くようになったのだった。それまで彼の変化を喜びとともに見守っていた大倶利伽羅は、ついにはベッタリとした感触の下品な言葉を彼が吐くようになって初めて、こんなことは教えていない、と真顔になり対策を取らねばと決意した。

 

 笑みを崩さないまま長谷部が大倶利伽羅の浴衣を割り広げ、腿をつま先でなぞる。くすぐったさに筋肉が震えた。這いのぼる感触が臍で止まり、親指で抉られ吐息が漏れる。

 

 真顔の大倶利伽羅が翌日、ことの元凶はあいつだろう、と御手杵の部屋を訪ねたところ、そこには宗三もいた。意外な取り合わせだが、複雑な方がおうとつがしっかり嵌るものかもしれない。

「長谷部に変なことを教えたか?」

 目をすわらせた大倶利伽羅が詰め寄ると、御手杵はあーだかうーだかいった後に話し出した。

「いや、ちょっとな、俺が翻弄されるばかりで気にくわないとかぶちぶち言ってたもんだから。翻弄する側にまわればいいんじゃないかと言ったわけだ……そしたら、お手本を見せろってうるさいからよぉ……つい、見せちまったんだ…その、軽いSMプレイものを……」

 それをお手本にしてしまったかと唖然とする大倶利伽羅に、宗三が鼻白んだように言い放った。

「あなたが焚きつけたのだから、自分でなんとかしなさい」

 憮然とした顔で退出し、言葉で求められるぐらいなんともない。答えてやればいいだけだ、と軽く考えていた大倶利伽羅は、その後の御手杵の言葉を聞き逃していた。

「……その次にはハードな女王様もの見せちまったんだよな…」

「ははははははは、どうなることやら」

 珍しく高笑いする宗三の声も。

 

 そんなやりとりがあったばかりだった。

 ぐぅと雄を踏まれ、大倶利伽羅は呻く。扇情的な光景を前に反応しかけていた陰茎に容赦無く圧をかけられ、足裏に血流を阻害され滞った血が熱を生む。艶めく青紫がこちらを見下ろし、反応を観察している。どくどくと脈打ちいきり勃つ肉の震えが伝わっているだろうか。下着と靴下、二枚の布に隔てられた感触がもどかしい。

「ふぅん、痛くしても気持ちいいのか?」

 ふぅふぅとした荒い呼吸を嘲笑うように足を往復して滑らせ、雄に刺激を与える。

「くっ」

 歯を食いしばる大倶利伽羅に顔を寄せ、とろりとした瞳を見せつけた。

「お前はずるい男だから、たまには罰を与えてもいいだろ?」

 色がのった声は冷静な調子を崩さなくとも響きが腰にくる。ひとつひとつ確認するように長谷部はゆっくりと大倶利伽羅の下着を脱がせ、完全に勃ちあがった陰茎にじっくりと視線を絡みつかせてから、おもむろに覗かせた舌から唾を落とした。

「足だと喜んでしまうからな。存分に泣きわめけ」

 生ぬるい粘度の高い液体を塗り広げると、ほの赤い唇で雄を包み込んだ。

「ぁっ」

 柔い舌を這わせながら、じゅるじゅると吸い上げ、窄めた唇で扱く長谷部の手管は大したもので、濡れた声が抑えられない。

「んっ、んっ」

 ふるふると手で精嚢を転がしながら、裏筋を尖らせた舌で辿る。張った傘も膨らんだ血管も、おうとつを丹念に絨毛で掃き清め、柔らかな頰の粘膜で擦る。

 くそっ、誰がこんな手管を。……いや、俺だ。

 見事な学習能力と勤勉さをこんなところで発揮しなくとも。

「くぅっ」

 幹を扱きなら鈴口を抉られ、もう出ると思った矢先に根元を抑えられた。

「我慢だ」

 不敵に笑うと一層じゅぷじゅぷと下品な音を立てて啜り、大倶利伽羅の腰が揺れるのを目を細めて受け止める。大倶利伽羅が限界を感じ身体を戦慄かせたところで、火照る唇を離した長谷部は片手は雄を握りしめたまま、片手で自身の下着を降ろし、大倶利伽羅の上に跨って腰を降ろしていく。自分でほぐしたのか、欲しがりな後孔は、くぷり、亀頭を食むと、そのままずろりと飲み込んでいく。熱い襞の感触が際限なく響き、腹筋に力を入れて今にも果てそうな己を戒める。

 本当は────、言うことを聞いてやらなくてもいいのだが、大倶利伽羅からすれば可愛いお願いぐらい聞いてやらなくもない。

 そう、最初に長谷部は罰だと言ったが、彼の思考回路はやはり不思議だ。好いたものの美しい足で扱かれ、熱い口で可愛がられ、上に乗っかられることが罰になる男などいるのだろうか? 主導権を取られたら、大倶利伽羅が地団駄ふむとでも思っているのか? 

 自由を愛する大倶利伽羅は、貪欲に欲しがる長谷部を美しいと思っている。今も、己の腹の上で腰を振る奔放な身体の躍動に、大倶利伽羅がうっとりとした目を向けているなんて彼は思いもしないのだろう。

「んっ、ふっ、うぅっ」

「あァッ、んっ、あっ」

 もどかしげに腰を揺らし、自分のいい場所に擦りつける、そのいたいけな腿の震えを大倶利伽羅が愛さないとでも思っているのだろうか。

腹筋を使って上半身を持ち上げると、当たる場所が変わったのか、長谷部が吐息をこぼして腰をくねらせる。自由に動ける舌を伸ばし、汗の落ちる顎を伝って、噛みしめられた唇を舐めまわした。緩んだ口からぽとぽとと唾液を落としながら、くなり、大倶利伽羅の舌に絡みつく甘く蕩けた舌。彼の芯が甘ったれだと表しているかのようだ。

「んっ、ふ、んん」

 震える足はもう腰を上下させることすらできず、貪欲な隧道だけが足りない刺激を求めてきゅうきゅうと鳴いている。舌を痺れさせるくらい吸って、歯を立て、長谷部を酸欠にさせてから甘言を囁く。

「はせべ、縄を外してくれ、腕が痺れた」

「んぅ」

 朦朧としつつもむずがるように頭を振る長谷部に言い募る。

「……腕を痛めると任務に差し障りがでる」

 途端にひゅっと息を飲んだ長谷部が、慌てて覚束ない手を背に回し、縄を苦心しながら解いていく。じれったいぐらいゆっくりと進む作業の最中も、甘えるように押しつけられたままの尻を突き上げてしまわないようにこちらも必死だ。

「……すまない」

 やっと自由になった腕を揺らしながら、俺の上で項垂れる真面目な長谷部を見やり嘆息する。

 無知は罪だ。この場合、ひどく甘い罪だ。

 長谷部は大倶利伽羅ばかりが彼をいいようにしているのだと思っているのだろう。確かに大倶利伽羅は己の求めるままに手を伸ばし続けている。けれど、本来は己の身を自由に置きたい大倶利伽羅に枷を付けたのも長谷部なのだ。

「なあ、どうされたい? もっと奥まで突かれたいか? 好きなように命令しろ」

 大倶利伽羅をいいようにしたいのなら、長谷部は長谷部のまま、この犬に命令すればいい。それだけで充分だ。

 頰を染め、濡れた瞳を煌めかせた長谷部がかすれた声で囁く。

「もっと、おく、つぃて」

「ご随意に」

 ひとつ獰猛な笑みを見せると、力の抜けた身体を布団に横たえ、唇に食らいつきながら腰を打ち付けた。

 どろどろに溶けた悲鳴と水音ばかりが響くふたりの部屋で、女王様の蕩ける瞳を舐め啜り、犬は喜び、ちぎれんばかりに尻尾を振った。女王様は犬に、とびきり甘い極上の欲望を与えてしまった。我慢の効かない犬は餌を与えられれば与えられるだけ食べてしまうし、────味をしめる生き物だということを長谷部は知らない。


 

「も、もぅ、ぃや、むりぃッ」

「はっ、はっ、んん、あ、アッ」

 お望み通り存分に鳴いてやる、と囁いた大倶利伽羅に頭を固定され、濃密な甘さを持った低くかすれた声を耳に吹き込まれ続けた長谷部が、飽和した頭でボロボロに泣き崩れても、ハリボテの女王様と駄犬の痴態は続いた。

「ほ、ら、命令しろ」

「ひ、ぅ、ぃぁ、あ、たま、なで、っ」

「…くっ」

 容赦なく後孔を穿つ男が何度も催促するものだから、長谷部は苦しい呼吸の合間に素直な欲望をこぼしてしまった。途端に胎内で震える雄と広がる濡れた感触。静まり返る空気のなか動きの止まった男をそろりと伺い、怖いくらいの真顔で固まっているのを見て、図らずも大倶利伽羅を動揺させることに成功したことを知る。長谷部は目を瞬かせ、自分の方法が色々と間違っていたことをやっと学習したのだった。

 何分疲れ切った身体では溜飲を下げるどころではなく、ん、とひとつ気だるい吐息をこぼして身体を震えさせた長谷部は、眼前の精悍な顔が舌なめずりをし、すぐさま後孔が雄で埋められていくのを感じて青ざめた。

「う、そ、ぁ…」

 

 ぐちぐちと白濁が泡立つ音と、胎内から広がる頭をぐずぐずに溶かしてしまう痺れが止まらない。

「おばか」マーブル模様を描く頭に、なぜか宗三が呆れた顔でぼやく姿が浮かび、次いで「詰めが甘い」と馬鹿にするものだから、長谷部は何に対しての意趣返しかはわからないが、甘く鳴きながら張りのある褐色の背中に思う存分爪を立てたのだった。

 ますます大倶利伽羅が喜ぶとも知らずに。



 

 

 

 

 


 

くりへしワンライお題「下克上」

​16/02/2017                                                                                                                                                                                                                NEXT

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