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青少年のすゝめ

「え?」

 

 いつもより早く起きた朝、目の当たりにした美しい造形美に、大倶利伽羅は思わず間の抜けた声を出していた。生命を持ち躍動する現実のものとして、刀である彼がついぞまみえることがあるとは思っていなかった美しい黄金律を持つ輪郭。なにぶん雅な言葉を知らない大倶利伽羅が素直に表現をするのならば、見事に己の腹に響き劣情を催す────脚線美だった。

 なにをかくそう大倶利伽羅は現世で言うところの脚フェチ、脚に並々ならぬ執着を持つ刀なのである。

 そして、目の前で淡々と着替えを続けている、二度見しても目を凝らしても変わらない美しさを湛える脚の持ち主は、厳めしく主命第一で知られる──へし切長谷部──その刀であった。




 

 長谷部とほぼ同じ部屋で暮らすようになり一年ほど経っており、それだけの時間、近くにある逸材を見過ごしていたという事実は大倶利伽羅を打ちのめした。

 ほぼと言ったのは、長谷部は忙しいやつで、まるで暇ができるのを厭うように何かと仕事を詰め込んでは、昼間は居ないのはもちろん、大倶利伽羅が寝入ってから帰ってくるか、もしくは執務室で仮眠のような状態で睡眠をとっている有様だったからだ。それだけ働き詰めであれば、人の器の成熟と強さも急激な早さで進み、成長が止まってしまうのも自明の理であった。

「これからは、中身を成長させる時間にあてようね」とは、審神者の談である。そうして、忙しすぎる男はここに来て人並みかそれ以上になる空白の時間を与えられ、大倶利伽羅の目に見える範囲に現れるようになった。燭台切曰く「ドラマで見たすれ違い夫婦みたいだね」だと。かの刀は意外にもどろどろとした恋愛模様が好きらしく、矛盾ばっかりで人って感じがするじゃないかと爽やかに笑ったのが薄ら寒かった。

 さて、その同室の男、へし切長谷部のことだが、生活をともにするようになって感じるのは静かすぎるということだ。出陣や内番の仕事中に見るあいつは、監督役を勤めて幾分口煩く様々なことに口を出すやつだったから、いい意味で裏切られた。騒がしいのが嫌いな大倶利伽羅にとって、静かな分には不満はない。たまに睡眠中静かすぎて、本当に生きているのか呼吸を確認したことすらある。起きている時も静かに本を読んでいたり、内職仕事をしていたり、これには仕事は休めと言われたのではないかと思ったが、あえて口に出すこともなかった。あとは、ただぼうっとしていたり。

 そう、ぼうっとしているのである。この男でもぼうっとすることもあるのだなと最初は驚愕したが、度々にもなると、これまた不安になり、目の前で手を揺らしたこともある。何事も無かったかのように、首を傾げ「ん?」とただ一音だけを発するという反応に内心頭を抱えた。これは問題だ。率先して本丸の活動を指揮していたやつが、日常生活の余暇をまともに過ごせないとは。

 ん? ってなんだ、もっと喋れ。日頃無口だと思われている大倶利伽羅よりひどい。「何を考えているんだ?」ともっと何かひきだせないかと問うても、返ってきたのは更に頭の痛くなる言葉で、「音を聞いている」なんて……。

 そんな年老いた老人のようなやり取りを昨日していた矢先の新たな事実だ。初めて朝の支度時間に一緒になり、着替え中に背後でパチンと響いた音に振り返った自分を褒めてやりたい。

 こちらが出した声などまるで聞こえていないかのように長谷部は着替えを続けている。なんの注意も払われないことに少し切なくもなるが、長谷部は聞こえているのに認識をしていない可能性が高い。数日をともにし徐々にわかってきたことだ。先ずは名前を呼んで注意をひく。

「長谷部」

「なんだ?」

 シャツの釦を留めながらこちらに視線を向けた長谷部は、やっと大倶利伽羅の存在を認識したようだ。

「お前の脚のそれはなんだ?」

 脚についていた装飾が問題なわけではないが、ひとつずつ確認していかなければなるまい。指し示した先、今は紫のスラックスで覆われてしまっていることが残念だとちらり思う。もっと早く止めるべきだった。

「それとはなんだ?」

 ぴんとこない顔をした長谷部にじれったくなって実力行使だとばかりに膝を付き、裾を乱暴にたくし上げて指をさす。

「これだ」

「ああ、靴下留めだが」

「靴下留め……」

「走っても靴下がずり落ちなくて便利だ」

「あんたはこれをずっと付けていたのか?」

「この身体を得た時からこの拵えだったから、そうだな」

 長谷部は淡々と言うが、大倶利伽羅は床に蹲りたい気分でいっぱいだった。

 すぐ近くにこんなに視覚だけで性的に訴えてくる画があったなんて。いや、靴下留めだけではない。それを装着した肉体の完璧な線がなによりの問題だ。理想の脚を同室のいつもむすりとした表情の男が持っていた。長谷部も大倶利伽羅も男だ。刀に性別など関係ないが、女性の脚線美が好きな大倶利伽羅にとって、男性体でも自分にこんなに訴えかけてくる脚があることは衝撃的だった。なぜだ。仮にも同室なのになぜ今まで気づかなかった。風呂でも一緒になったことがなかったのか。長谷部は忍者なのか。

 長いこと膝を付いた姿勢のまま、混乱した頭で考え込んでいた大倶利伽羅が顔を上げると、そこには誰もいない。開けっ放しの障子をぽかんと眺めた後、常識を知らない男にあの脚は宝の持ち腐れなんじゃないかと眉間に皺を寄せた。

 うららかな秋の日差しに温められた縁側で、柱を背に座りこむ褐色の青年と、縦に縦に伸びた長い身体を横たえ、だらりとしたさまを隠しもしない青年が揺蕩うように空いた時間をつぶしている。非番の短刀たちが高い声を上げながら走り回る庭を眺めながら、大倶利伽羅と御手杵はだらだらとしていた。二振りとも経験を充分に積んだからと出陣の機会にはあまり恵まれず腑抜けてしまっているのだ。若い身体を持て余し、もっぱらの楽しみはゲームと猥談だ。

「寒くなってきたのにあんな薄着で元気だよなぁ……戦闘服よりマシだけどよ。ん? よく考えると作業着より出陣中の方が露出が高いっておかしくねえか?」

「まあ、言われてみれば……」

 暇を持て余すと、どうでもいいことが気になるものだ。いい加減、戦場に出してくれないかと大倶利伽羅はぼんやりする。

「はぁ、お前はいいよなぁ。脚フェチだから、ここにいてもいっぱい見られるじゃん。おっぱいはな……ここでは見られない……」

 露出の話から大幅に飛んだ御手杵の嘆きにぎょっとしつつも、いつものことかと思い直す。

「……蜻蛉切は、」

「想像しちまうからやめてくれよ~」

「俺だって少年の脚には興奮しないぞ、さすがに」

「興奮してたら一期さんに怒られるわな。一期さんにぶっ飛ばされているくりからは見たくないな……あー、柔らかいおっぱい……」

 呻きながら身体を揺らす御手杵に、朝のこともあり、どんなところに惹かれるのか理由を聞いてみたくなった。そして、そこになぜ惹かれてしまうのか、明確に説明できる気がしないこころの動きを大倶利伽羅は自分のことながら不思議に思う。

「……あんな重そうな肉の塊のどこがいいんだ?」

「おい、戦争か?」

「……すまん、純粋な疑問だ」

「まあな、俺も脚の良さはいまいちだしな」

 うんうんと頷いた御手杵はおもむろに正座をし、くわっと指を軽く曲げた両手を突き出した。

「あの、たぷんとして重量のある柔らかさがいいんだよ~。手に収まる丸みと弾力」

「そうか……さわったことないけどな」

「うぁ~~、自分でも思った……あの谷間が槍を突き刺しやすそうなのもいい。もう、観るだけでもいい……脚みたいに身近に目の保養が欲しい……」

「短刀の脚では興奮しない」

「そうか? 綺麗な脚なんじゃねえの?」

 かくれんぼの鬼になった乱が数を数えているのを視界に入れながらする会話にしては少し後ろめたいな、と思いながらもこれだけは譲れない。

「細くて不安になる……俺はもっと適度に肉がついて締まった筋肉の隆起と内包する白い骨を感じさせながら、すらりとなだらかな稜線を描くクリーム色の肌をした……」

 つらつらと理想の脚を思い描いていったところで頭に浮かんでいるのは、朝、強烈に刻みつけられた長谷部の脚だということに気づく。

「って、おい!」

「うおーい、なんだぁ?」

「すまん……とにかく女の方が柔らかそうでいい」

「ふーん、まっ、こだわりは大事だなぁ」

 内心落ち着かず、心なしか心臓の拍動も速い気がする。そうだ、本当はもっと柔らかな脂肪がついた脚が好きだった。それがあんなにも硬そうな、長谷部の────、

「今日はいつになく熱いな」

「え?」

「いや、いつもの感じだと好きなんだろうけど、淡々と好きっつーか」

 俯く大倶利伽羅にかけられた御手杵の気の抜けた声はなかなかに鋭く、どきりとする。

「あ! そうだ、今日あれが俺に回ってきたから、夜にな」

 いつもの誘いにも上の空で、ただ首をかくりと曲げることしかできなかった。







 

「遅いですよ」

 周りを伺いながら忍び込んだ先、御手杵の部屋で一番に聞いたのは女のひそやかな喘ぎ声と、予想外の刀の平坦な声だった。

「あんた……」

「僕が興味もっちゃおかしいですか?」

「宗三も観たいって言うからさー、意外だよな」

 御手杵や大倶利伽羅、和泉守など、青年期の肉体を授かった刀たちの間で度々催されるいかがわしい映像の鑑賞会に、この細く物憂げな刀がくるのは初めてだ。

「あなたたちは付喪神のくせして外見に左右されすぎです。僕だって性欲ぐらいありますよ……煩わしいことに」

 始まったばかりなのだろう、男女がじゃれあう前戯段階の画面から目をそらさず続ける宗三の表情にはなんの色も伺えない。


 

 隣に腰を落ち着け眺め始めた画面に毒々しい色の縄が映り込み、少しずつ雲行きが怪しくなっていく。震える女が拘束されていく流れに思わず問うていた。

「誰の趣味だ?」

「僕ですよ」

「俺はもっと奔放に動く身体の方が好きだなぁ」

「……いい趣味している」

「短刀の脚をじろじろ見ているあなたに言われたくありません。小夜に手を出さないでくださいね」

「小さい奴は守備範囲外だ」

「へぇ……なら大きいのなら?」

 ばちり視線がぶつかった。返す言葉が見つからず黙り込んだ大倶利伽羅と唇をたわませた宗三が無言で見つめ合っていると、たまりかねた御手杵の声が割り込んでくる。

「楽しく観ようぜー。人間は器用だな、縄をするする巻いて」

「ああ、美しいですね」

「苦しそうだけどな」

「そこがいいんです」

 暴かれた身体、白い肌に縄が食い込んでいく。その沈みゆくさまで肉の柔らかさが伝わり、ごくりと唾を飲み込んだ。

「あなたたち、これで興奮したとして処理はどうしているんです?」

「んー、だいたい喋っているうちに終わっちまうから、我慢できない時は各自厠へって感じだな」

「画面越しのあれそれは、やはり感触がないからそこまできませんね。まだ、戦場で刀を振るう時の方が勃ちます」

 ぎょっとして御手杵と二人思わず下半身に視線を向けてしまう。

「失礼な視線やめてもらえます?」

 悲鳴に似た高く掠れた声が響き、画面に目を戻せば、縄で装飾された女がえび反りのまま吊り上げられているところだった。不自然に背がたわんだ形にめまいを覚えながらも、曲げられ拘束された脚に目が釘付けになる。たっぷりと肉のついた腿が紅い縄で締め付けられているさまは扇情的で美味そうだと思う。

「あ、俺だめだ……前に厨で見た燭台切特製の煮豚が出てきちまった……」

「ちょっと! それにしか見えなくなったじゃないですか!」

 拘束されたまま愛撫を施され、ああああと垂れ流される喘ぎ声に御手杵と宗三の笑い声が重なって、部屋の空気がおかしなことになっている。

 そんな中でも大倶利伽羅の頭には、白い柔肌に紅い縄が食い込む光景よりも、硬く締まった象牙色の脚に黒い線が一本引かれている記憶の方が浮かんでしまう。蕩けた表情を浮かべる女の顔より、色のないしかめっ面に惹かれるなんて────

「これ……やっぱり一人で観るものなんじゃないですか?」

 まだ笑いを噛み殺せないでいる宗三は、画面の中では女が降ろされ男に穿たれようとする山場だというのに、もう映像には興味がなさそうだ。

「まぁなー、でも、このノートパソコンも一人が借りられる回数決まっているからよー」

「楽しくはありますね……あなたは興奮しましたか? それとも違うものを思い浮かべていたとか?」

 急に話を振られ、ギクリとしながら唇を笑みの形に歪めた顔を見つめると、

「画面に目を向けていても焦点があっていませんでしたよ」

したり顔で頷いている。答えを求めているわけではないのか、興味を無くしたようにふいと画面を見やるのにつられて視線を正面に戻せば、いつの間にか女は白いものにまみれ、一呼吸の後に映像が終わった。

 帰りましょうか、と立ち上がった宗三に問いかける。

「あんたぐらいの器を持った刀でも、色事に興味はあるのだろうか?」

「……個人差はあれども、興味はあると思いますよ」

 聞くのがこわいような後ろめたいような気持ちで躊躇しつつも、名前がこぼれてしまう。

「……例えば長谷部とか」

「あれと同室なんでしたっけ? あれは…………身内のあれそれを想像すると気持ち悪くなりますね」

 電気をつけた御手杵が宗三が口元を隠し、顔をしかめるのを見て笑っている。

「そうですね……何もわかっていないんじゃないでしょうか。うん、子供だと思った方がいいですよ。外と内がちぐはぐで厄介な男ですから」

 こども、咀嚼するように呟いた大倶利伽羅の頭には捕らえどころなのない男への漠然とした疑問がいっぱいで、「厳しい大人そのものに見えるけどなぁ」ぼやく御手杵の声も耳に入らなかった。










 

 もう、あとは寝るだけとなったのに大倶利伽羅は真白で太陽の匂いがする魅力的な布団を睨みつけ、先ほどのことを思い返している。未だ頭の中は長谷部についての、ひいては長谷部への自分の反応についてのもやもやした疑問でいっぱいだ。

 宗三は長谷部について子供のようなものだと言った。確かに仕事をしていない時のぼけっぷりはひどいものがある。これがギャップ萌えというものだろうか、今になって見えてきた新たな一面に、大倶利伽羅は興味を惹かれてしょうがないんだと思う。今日の映像にはピクリとも自分の性器は反応しなかったが、もしかして好みの脚を持つ長谷部なら?

 ────無理やりに壁に手をつかせ、後ろから紫色のズボンを引きおろすと、丈の長い上着に走る深い切り込みの隙間から輝く脚がちらりと覗く。ひらひらと揺れる長い裾を自分で抱えるよう命令すれば、おずおずとたくし上げられていく。怯えているのか、ひくり、震えるあらわになった脚から臀部へ繋がるなだらかな曲線を目に映し、俺は────。


 

「あ」

 ひとりきりの部屋に間抜けな声が響く。見下ろした先、大倶利伽羅の性器はばっちり首をもたげていた。

 勃った。

 おいおいと自分にツッコミを入れながらも、ふと思ってしまった。あの脚を想像の中だけでも乱し汚してしまいたい。浴衣の裾を割り、窮屈さを訴える性器にそろり手を伸ばす。

 刹那、声かけもなく障子が開く音がし、入り口に背を向けていた大倶利伽羅は慌てて足元の布団をひっつかんでかぶる。入室してきた足音はなんの迷いもなく隣に敷かれた布団に落ち着いた。入る前に声をかけろと思うも、長谷部はきっとこういうやつなんだろうという気もしてきている。何にせよ消えない気まずさを感じながら、もぞり、暗闇で格好を整えた。

 そそくさと布団から出て、もう既に寝る体勢になっている長谷部に声をかける。

「はせべ」

 ころり、寝返りを打った長谷部が眠そうに目を瞬かせた。

「聞きたいことがある」

 長谷部は無言のままおもむろに起き上がると、こちらを向いて正座した。こういうところは律儀なんだなと思った矢先に濡れたままの髪が放つ、つやりとした輝きが目に映り、そこは大雑把なのかとおかしくなる。

「あんたは前からその身体か?」

「は?」

「その太ったり、痩せたりとか」

「擦り上げられた時以外に、大幅に形が変わったことは無いぞ。そもそもこの器は形が変化しないだろう」

 しばし考え込んだ後に「お前、頭に大きな損傷でも負ったか?」と神妙な顔で失礼な心配までしている。

 やはり、あの造形は長谷部が生来持つ天然の曲線だと……なんてことだ。

「……あんたの脚は国宝だ」

「確かに国宝だが」

「違う、その、あんたの脚は綺麗だ」

「もちろん毎日風呂には入っている」

「いや、だから……美しいと言っている」

「…………」

 一向に通じないやりとりも疲れるが、決死の覚悟で褒めたのになんの反応も返してもらえないのも地味に傷つく。

「……何か無いのか?」

「何か、とは?」

「褒められた感想とか……」

「褒めたのか?」

「褒めている!」

 なぜ自分がムキにならなければいけないのか、解せない。

「…………俺には綺麗とか美しいとかがわからない。そういうことは歌仙に言うべきだろう。そこに在るものは、ただそこに在るだけだ」

 自分は外つ国の人間と話をしているのだろうか。簡潔に端折られすぎた言葉を飲み込めず、困惑ばかりが積み重なるが、ある種潔いあり方に圧倒される。この刀の頭の中は読めないが、ただひとつ、長谷部は他の存在にこころを動かされたことが無いのだということはわかった。今も、大倶利伽羅はこんなに動揺させられているというのに、こちらを見ている薄紫の瞳は硝子のようで、その美しさも相まって粉々に砕いてしまいたい衝動に駆られた。長谷部は一人、刀らしくあろうとし、清廉潔白でございとすました顔をしているのか。それは哀れでもあり、羨ましくもある。本能に近い欲すらも無いのだろうか。

「あんたエロ本を見たことは?」

「エロ? エロスか?」

「……春画と言った方がいいか」

「没収品の中にあったと思うが、特に覚えてはいない」

 いや、何かあるだろう? 何も無いのか。

 この本丸に多くの刀が溢れて、人の身体を持って過ごすうちに、これが合う合わないというのはおのずと気づくものだ。食べ物しかり、性的指向しかり。周りとの会話や体験を経て、自分の好みが確固とした形になり、好物を摂取したいと思うのは自然な流れだと思っていた。あまりに長谷部のありようは不自然ではないか。

 それとも気づいていないのだろうか?

 目の前できちんと正座し行儀よくしつつも無表情な長谷部の周りには白いぽっかりとした空白があるばかりだ。美しいがゆえに、丁重に包まれ箱にしまわれた使われない人形のようだ。

 性欲すらも催したことがないのだろうか。傷つけば傷つくほど嗤うような男がそんな、まさか。

 大倶利伽羅は白い能面を前に、勝手な問答を続けている気分になった。

「……戦った後に気持ちが昂ぶることは?」

「ある」

「その時、下半身に変化は?」

「変化?」

「っ、性器が勃つことはあるか?」

 問うているのは大倶利伽羅なのに、問われているかのように焦りが増すのはなんでだ。落とし穴にはまったかのように深みに落ちてしまえば後には戻れない。

「たつ……? これは排尿する以外に機能があるのか?」

 浴衣に隠された部分を指差し、あどけなく問う長谷部はまごうことなく成人の見目だし、刀としても大倶利伽羅と同じくらい長い時を経ているはずなのだが。暫し見つめ合った後に何かが琴線に触れたのか長谷部の目が釣り上る。

「立たないと、戦うのに支障があるだろうか?」

 今まで戦場で目にしてきた見慣れた表情に、考えこむ。

 よく考えたら煩わしいことの方が多いのか? しかし、あの出す感覚を知らないのは損とも言える。

 まっさらな身体を前にぐるぐると巡る思考は、ふっと盛り上がった腿を目にした瞬間、蹴っ飛ばされたかのようにおかしな方向に飛んでいった。

 

「試してみるか?」

「ためす?」

 おうむ返しに返ってきた声は、待ち受けているものが狼の口だとは知らない無垢な響きを帯びていて、我知らずするりと誘いこむ言葉が口をつく。

「ここからは勃ったあとに白い子種が出るのだが、その白いやつを溜め込むと身体に悪いと言われている。もしかしたら、不具合につながるかもしれない」

 嘘は言っていないはずだ。ぴくり肩が揺れたのを見て、どうやら興味を持ったらしいと予想をつける。

「どうする?」

「……やる」

 獲物がやってくるのを待つ狼の気分でいた大倶利伽羅に許された、諾、の返答に、膝の上に行儀よく揃えられた手をつかみ、尻尾を振ってこちら側の領域に引っ張り込んだ。




 

 膝を立てて座らせた長谷部を後ろから抱え込み、勃ちあがった性器の存在を覚えさせるように凹凸を執拗に撫でて強すぎるぐらいの力で扱く。最初はくたりとしていた性器も硬く育ちきっている。量が少ない下生えと色素の薄い雄が幼さすら感じさせてたまらない。

「どうだ?」

 すぐ近くにある耳に声を吹き込んでも、長谷部はぎゅっと目を瞑りせわしない呼吸を返すのみだ。

「ちゃんと見ろ」

 ゆっくりと覗いた紫が、とろりとした液体を纏い卑猥なありさまになっている自身を目に映したのを確認して、扱く速度を速める。泡がはじけるような、ぷちゅん、ぷちゅん、とした水音がやけに大きく響く。抱え込んだ身体の震えが激しくなるのを感じて、いけとばかりにふくらとした出口をぐりり指でくじる。残忍な気持ちが顔を覗かせ、何も知らない身体を迷いなく快楽に突き落としていた。びくんと腕の中で跳ねる身体を抑え込み、放出された種が指の腹を押し上げる感触を感じながら、もう片方の手で幹を扱く。

「ひっ、」

 声を押し殺し、呼吸音だけしかしていなかった喉から悲鳴が迸る。

 腕にかりりと爪を立てられるのを感じて、蓋をしていた指を外してやると、どぷりどぷり、粘度の高い白濁が雄と支える褐色の指に絡みつきながらこぼれていく。

「はっ、はっ、」

 肺に酸素を送り込むのに忙しい長谷部の身体から、くたり、力が抜けたのを受け止め、細かく痙攣している腿をなぞる。しっとりと汗をかいた肌の感触に感じいって、感嘆の息が漏れた。夢中でなぞる大倶利伽羅の耳に途方に暮れたような声が届く。

「こんな、……こんなことをみんなしているのか……?」

 頷きだけで返事を返し、自分の浴衣の裾で乱雑に精液をぬぐって、長谷部の頭をなでる。

「よくできた」

 俯く長谷部の顔を覗き込むめば、呆然とした表情をしている。ぱちぱちと瞬きをしていたかと思えば、とろり、目尻を緩ませた。僅かな、それでいて確かな変化を目に映し、ぐうと腹に力が入る。明確に勃ちあがった大倶利伽羅の雄があたってしまい、長谷部がびくりと身体を揺らす。後ろ手におそるおそる指を這わせて、

「これは触らなくても立つのか?」

 未知のおもちゃを見つけた童のような顔をした。

「っすまない」

 大倶利伽羅は形ばかりの謝罪と熱い息を吐き出し、ころり布団に長谷部を転がすと、抱え込んだ脚の間に焦燥を隠さず取り出した赤黒く猛った雄を差し入れた。ずるり、ずるり、硬めの脚に挟まれ扱かれる雄が輝く肌を汚し、長谷部の柔い雄にも擦りつけられる。あふれる唾が糸を引いて、嚙み締められた長谷部の唇に落ちていく。それは飲み込まれることなく割れ目を伝い、口の端からこぼれて頬を撫でて消えた。きょとんとしていた顔が、次いで何かを我慢するような表情に変わり、そして、溶ける。移ろっていく変化を一心に目に映しながら、果てるまで一方的な行為を続けていた。


 

 腹の上にまき散らされた子種もそのままに、天井を見上げた長谷部が荒い呼吸の合間に言葉を紡ぐ。

「か、かってに立つ、とは……不便、だ……任務、中に、なったら……こまる」

 身体が熱を持つ理由も、欲望の形もわかっていないような様子に、口の中にざらつく苦みが広がる。苛立ちに似た感情を持て余し、ぎりりと歯を食いしばった。

 

 

 冷たい布団にそっと足を差し入れ、大倶利伽羅はひそやかにため息を吐く。長谷部に初めての射精を教えてからこちら、ただの処理だと嘯いて長谷部に欲を刻みつけ続けていた日々はぷつりと終わってしまった。

 子供だと断言した宗三の言葉が刺のように胸に刺さりつつも、大倶利伽羅は長谷部に手を出し続けていた。ただの言い訳にしかならないが、最初は本だけを渡し、自分でするように促しもしたのだけれど、思いの外、長谷部に好奇心があり、してもらうことにはまってしまっていたのがなし崩し的に慰め合う関係になってしまった原因でもある。「本を読んでもぴんとこない。お前の手で教えてもらえないだろうか」正座し三つ指ついて頭を下げられた方の気持ちにもなってもらいたい。了承するしかないではないか。何しろ大倶利伽羅だって熱を抱えているのだから。同じ刀だろうが、同じ男性体だろうが関係ない。長谷部に欲情してしまうのを認めざるを得なかった。

回数を重ねるほどに、長谷部は快楽を返してくれようになった。大倶利伽羅の手や口で果てた後、極めた余韻を引きずったまま、猛りきった大倶利伽羅の雄におずおずと手を伸ばす。そう、長谷部の痴態を眺めているだけで自分は勃ってしまっているのだ。即物的な人の身体では仕方がない。拙いが丁寧に舌を這わせ唾を塗りこめて口をいっぱいにする長谷部の姿に益々大きくしてしまうのも仕方がないことだ。

 いい子だ、と煤色の真っすぐな髪に指を沈ませ梳いてやれば、嬉しそうに目をきゅっと細める長谷が大倶利伽羅の劣情をこんなにも煽るのが悪い。……ような気がする。

 最近は図に乗って靴下と靴下留めもそのままの脚に擦りつけ、ぶっかけてしまった事案も、正気に戻れば、やらかしてしまった後悔でいっぱいだ。長谷部は大倶利伽羅の正気をなくさせる釦を押すのが実にうまい。相性の悪さを呪う。

 ああ、あの時、真珠のように輝く肌を持つ脚に、ぴちゃりと散らされた白濁の震えと何もわかっていないような無垢な表情。強烈な光景がよみがえって、大倶利伽羅の頭がくわんと酩酊する。


 

「から坊、そりゃ何しているんだ?」

 掛け布団をぎゅうぎゅうに抱きしめ転がっている大倶利伽羅に鶴丸の声が降ってくる。

 頭に焼き付いた情景は過去のものになってしまったのだ────。

 この、白い刀が顕現したことで、縁があって暇な大倶利伽羅は世話役を任ぜられ、鶴丸と同室になったのだ。それはもちろん長谷部と同室ではなくなることを意味している。

そのことを告げた時、「主命ならば仕方がない……しっかり務めをはたせ」とあっさり言った長谷部に肩透かしをくらったのも最近の話だ。くそ。

「おっ随分と柔らかい床だなぁ」

「ぐ」

 肺から空気が抜けて呻く。内心で毒づきながら転がっていた大倶利伽羅の背中を、わざと踏んで鶴丸が入ってくる。

 結局のところ、身体の距離ばかり近づけようとこころは遠いままなのだ。

 荷物をすべて運び出し、「もう行く」と挨拶をした時、最後に一度だけ握手を請われ、手を重ね合わせた。冷たい手だった────。

「悩める青少年か……面白い。この姿を存分に記憶しておこう」

「おい」

「はは、伊達の刀がいつまでもしょぼくれているのが可笑しくてな。………人の身は悩み多きものか?」

 きょろり、こちらを覗き込む透き通る金色を見上げて、すぐに逸らす。顔の近くにつき立つ足の周りで揺れる白い浴衣をなんとなくめくった。

「おいおい」

 白く細い儚く溶けてしまいそうな足は骨の形まで透けてしまいそうで、骨格も含め綺麗なものだと思う。綺麗、それだけだ。めくった裾をぺいっと叩きつけ、布団に顔を埋める。

「失礼なやつだな」

「くそ」

「青年よ、じじいに話してみるか? ま、人の体では俺の方が後輩だがな」

 わしゃわしゃと髪を乱される感触がくすぐったい。

「いい、俺の問題だ」

 布団の中に吐き出したくぐもった声は、それでも鶴丸の耳に届いたようで、

「よっ伊達男! かっこいいぞ!」

 よくわからない励ましが返ってきた。無性に苛立ってやにわに足を取り布団に転ばせて、手際良く折り畳み、足四の字固めをきめてやる。

「うおおおお、痛い痛い」

「参ったか?」

「参った、参った! あ〜鮮やかな手並みだ」

 絡まった足を解いてやりながら、昼間、久しぶりに長谷部と組手をした時の感触を思い出す。思いの外楽しく白熱した試合を終えて、また、同じ戦場に立ちたいとひっそり思ったものだ。共通した好みなど見つからない大倶利伽羅と長谷部でも戦うことだけは、お互いこころの底から好きなのだと感じた。

「この体は痛みも面白いな」

「……あんたは人の身体の部分では、どこが好きだ?」

「ん? この器か……俺はまだ知らないことも多いからなぁ……好きかはわからんが、どうせなら皮膚の下の中身が見てみたい。ん?……そんなげんなりした顔をするな」

「戦場で見飽きた」

「はは、生きている感じがしていいじゃないか! 他には……目かね。きらきらして綺麗なもんだ。粟田口の…なんだ、秋田の目なんか、キョロキョロ生き生きとしていて、取り出して手の中で転がしてみたくなるな」

「やるなよ」

「やらないさ」

 笑う鶴丸を隣の布団まで転がして充分に温まった自分の布団に潜り込む。鶴丸と同室なのは飽きない毎日で悪くない。けれど、今は静かに呼吸音だけが交わされた、殺風景な部屋が恋しい。薄暗い空間ににょきりと浮かぶ優しく輝いているような脚、それが描くなだらかな稜線が、恋しい。こちらの行動をじいと見つめる潤んだ瞳が────。

 日が落ちるのも早くなったものだ。大倶利伽羅は一人ごち、傍に立つ乱が抱える育ちすぎた白菜を取り上げる。こんなに外の葉が固く広がってしまった白菜も煮込めばくたり小さくなってしまう。今日はあれが食べたい。白菜と豚肉を重ねて蒸し煮にするやつ。

「くりからさんって、そういうところずるいよね」

 夕飯の献立に思いをはせていた大倶利伽羅を現実に引き戻す高い声。

「さりげない優しさ? みたいな。結構強引なのに、仕草が優しいからみんな許しちゃうんだ……ずるいっ」

 なんの話だかつかめずにぼんやりした思考が、次いで耳に飛び込んできた名前にハッとして動き出す。

「……はせべさんのわかりづらーい良さをわかっているのはボクだけだと思ったのに。ずっと同室だったくせに、その綺麗さに気づいてなかったのが急にかっさらってっちゃうんだもんなぁ。これから仲良くなる予定だったのに」

「なにを……」

「なにがあったのかは知らないよ。でも、なにかがあったのはわかるよ、はせべさんを見てればさ」

 大きな白菜を細い腕でひょいと持ち上げ笑った。

「あれ? でも今は同室じゃないんだっけ?」

 ぐうと喉をつまらせることしかできない大倶利伽羅に乱はカラカラと笑い続ける。

「そんなに警戒しなくてもいいよ」

 先導するように歩き出した乱の花のような匂いが風に乗って大倶利伽羅まで届く。

「ボクは単純にはせべさん元は綺麗なんだからもったいないと思ってたの。飾り付けたいなって。前のはせべさんなら頼み込めばやらせてくれたような気がするけど、今はなぁ……ちょっと渋られそう……お人形じゃなくなっちゃった……うん、違う美しさだね」

 ふむふむとまるで目利きをする歌仙のように頷く軽い態度は、それでも軽やかさと相まって不快ではない。

「……そうか」

「もー、本当にわかってる? すけべな映像、みんなで観てる場合じゃないよ」

「そ、それはっ」

「風紀に厳しい人には秘密にしてあげるよ。ボクも観たいのになぁ……刀のくせして、みんな見た目に騙されすぎだよ」

「その絵面には、違和感が……」

「あはは! ボクらもずいぶん人間じみちゃったね。慣れたもんだ……たった二年なのに……」


 

「うぉーい、おつかれ〜」

 気の抜けたのんびりした声が飛び込んできて、一瞬、しんみりしかけた空気が物の見事にぶち壊される。

「白菜たくさんだなぁ。うぉっ、おもて」

 なんの気なしに乱の腕から取り上げた御手杵が、その重たさに慌てた。

「それは、ボクの担当」

 空いた手をぷらぷらとさせながら、「あれ? くりからって長谷部と同じ部屋だよなぁ?」とこちらを向く。

 大倶利伽羅が口の中で「いや」とつぶやいたのにも気づかずに言葉を続ける様子は、どことなく真剣みを帯びていた。

「さっき風呂で鉢合わせしたんだけど、足にくっきりひどい痣がついててよ。出陣の怪我っぽくないけど、あれ大丈夫か? なんか痛々しくてな」

 ハッと白い息を吐き出し、白菜を御手杵に押し付ける。「うおい」という非難の声にも構わず駆け出した。


 

「なに? どうした?」

「まあまあ、御手杵さんはボクと白菜をどう料理したら美味しいか考えよ」

「うーん、焼けばいいんじゃね?」

「白菜のグリルかぁ〜。じっくり焼いて甘味を引き出して、ちょっとお醤油垂らして胡椒を引いたら美味しそう!」

「……ごてごてしてない味が好きだから、簡単なやつ言うと大概バカにされるんだけどよ〜乱、さてはお前、いいやつだな?」

「ふふっ、今更気づいた?」


 

 いったいどうして?誰が? 頭に浮かぶのは、痛む足に僅かに眉をひそめるだけの控えめな押し殺された発露。

 迷わず長谷部の自室に飛び込み、その姿を探す。出て行った時のまま、がらんとした空間で文机に向かい、ぽつんと正座しているのを捕まえるとジャージの下を有無を言わさず引き抜いた。抵抗する様子のない横たわった脚を確認する。すらりと伸びた脚は湯上りだからうっすら熱を持ち、肌がしっとりとしている。それを上から順繰りなぞって、足首までいたったところで青紫に変色した皮膚が目に入る。まるで、誰かに握り締められたような……。

 怒りに燃えた目を上げると、きょとんとした顔で転がる長谷部と目があった。

「誰が?」

「え?」

「この痣は?」

「ん? これは、手合わせで、お前が」

「……俺?」

「うん、お前が」

 瞬きの間に先日手合わせした時の光景がよみがえる。

 馬鹿みたいに楽しくて白熱した試合で、お互いむきになって引くことをせずに長引いたやり取りの中、大倶利伽羅は振り上げられた足を受け止め、足首を骨が軋むぐらい握り締めて引き倒した。

 ……俺だ。呻いて頭を抱える大倶利伽羅の髪を撫で、長谷部は「どうした?」と問う。目の前にある剥き出しのままの無防備な脚、優しい手の感触、もう、この衝動に名前を与えるべきだ。

 がばりと顔を上げ、無垢な紫色を間近で見つめて、軋む喉から声を絞り出す。

「長谷部、鶴丸の世話係が終わったら、また同室になって欲しい」

 目を瞠った長谷部は、そろり俺の手を取ると両手で包み込み、

「ひとりは……少し、寒いと思っていた」

控えめに下がった目尻にじんわり滲む熱を掃いた。その表情に大倶利伽羅はなす術なく、もう一度、畳に撃沈するしかなかった。張り裂けそうに愛しいと叫ぶこころを抱えて。

 昼の厨当番で、ひたすら焼きそばを炒め続けた腕は、まだ痺れが残っている。怠い手足を投げ出し縁側の柱に背中を預け座っている大倶利伽羅の正面で、同じく当番だった御手杵が欠伸するのが見えた。疲れはしたが、食べた瞬間に目を見開いた長谷部の表情は悪くなかった。

 庭では審神者から与えられた外套を羽織り、短刀たちが鬼ごっこをしている。中には脚が剥き出しのものがいるが、下半身を覆うものを与えた方がよくないだろうか。捕まった秋田がひと際大きな声を上げるのが聞こえたところに、軽い足音が飛び込んできた。

「お、いたいた、おてぎね~、次あれを観る時にはオレも入れてくれよ。昨日やっと第一部隊に入れたんだ」

「なんで俺が窓口みたいになってるんだぁ~? 次パソコン借りるの誰だっけ?」

「知らん。俺に振るな」

 いつの間に強くなって第一部隊に入れれば、いかがわしい映像を観られるという規則ができたんだ。それにしても厚の爽やかな笑顔が話題に合っていない。

「最近つきあい悪いもんなぁ……うーん、兄貴がこわい」

「え~~ちょっとどんなもんか観たいだけなんだって! どんくらい興味を持てるか確かめたいだけっつーか」

 その好奇心もわからないではないと思う。「何事も経験してみなければわからないからな。特にこの人の器では」と妙に実感のこもった声が出てしまった。

「だろ? わからねぇんだ。オレも刀の時分にはガラス越しによく見られたもんだけどよ。触れもしないものをただ見て楽しむって、よくわかんねぇの。一方通行がむなしいっていうかさ」

「なんかぐさぐさ刺さるんだけどよ~~~」

 胸を押さえ転がる御手杵は放っておいて、確かにと頷く。

「……触ってしまったら離せなくなるかもしれない。見ているぐらいがちょうどいい時もある」

 ヒュウと口笛の音が響き、反射的に御手杵の頭をはたく。

「いて! ま、おっぱい揉むのは物理的に無理なんだけどな」

「はは、あれだ……恋みたいだな、片想いてやつだ……そっかオレたちでも恋できるんだ」

「不毛だけどなぁ。そうだ、くりからの部屋、最近洋風に改装したんだろ? 次はお前のところでやらせてくれよ」

「長谷部がいるからだめだ。あと、俺は育てることにしたからもうまぼろしはいらない」

「は? なにかっこいいこと言ってるんだよ~~~卒業すんなよ~。この男所帯でどうやってふわふわのおっぱい育てるんだよ~厚~厚もおっぱい党になろうぜ」

「よくわかんねぇ」

「なんだよー」

 ばたばたと子供じみた行動をする御手杵の頭を撫で、口元を緩ませる。いつの間にか庭から短刀の気配は消えていた。

 育てるなんておこがましいが、機が熟すのを待っている。長谷部の中で欲望が育つのを。大倶利伽羅がすることを許されてはいるが、今はただ流され、刷り込みのように懐かれているだけだ。

 何がしたい? 何をされたい? 長谷部の中で温められ続けた卵が孵るのを待っている。








 

 風呂上がりの長谷部が湯気を纏いながら帰ってくる。ソファに寝転がり乱に貸してもらった漫画を読んでいた大倶利伽羅は立ち上がって迎え入れ、手を引きソファまで誘う。紙の上で繰り広げられていた、やたらきらきらした話には未練もない。季節が着々と冬に近づき、廊下の冷え込み具合もきつくなってきた。湯に温められ眠くなったのか、くたりとした身体をクッションに沈めている長谷部を横目に、いつもの手入れ用具一式が入った籠を引っ張り出した。

 膝から下を露わにするよう裾を払い、マッサージオイルを手に取ってよく手のひらで温める。ふわっと香るラベンダーの匂いにますます長谷部の目尻が下がるのがわかった。恭しく右足を手に取れば、この行為に慣れた長谷部も全てを大倶利伽羅に預け力を抜く。風呂場からの短い距離でも冷えてしまった足先の温度に、今度から足袋を履かせた方がいいかもしれないと思う。乾燥にも尚一層気を付けなければなるまい。

 やんわりと足全体に油をなじませてから、指の付け根から骨に沿うように甲に親指を滑らす。しゅるりしゅるりと何往復かして腱が緩み始めたら少し力を強め、ぐりぐりと肉をこそげるように動かしていく。ぴくり、ぴくり、不随意に足を跳ねさせるのは、童の悪戯のようなたわいない可愛らしさがある。筋肉の震えに応えてぐうと押せば、上からひそやかな吐息が降ってくる。眠ってしまってもいいのに、長谷部は一連の施術から目を逸らさない。自分の身体がどう扱われているのかを目に映し、その光景を記憶に蓄積させていくのだ。

 硬い足裏の皮膚や踵をするように手のひらで撫で、ふっくり盛り上がった山を辿り、柔らかな土踏まずの筋肉をほぐす。ここを押す時には毎回、長谷部は喘ぐように、はくり、息を飲み込む。静かな部屋に響くその呼吸音すら食べてしまいたいと思う。正直なところ大倶利伽羅の我慢も限界なのだ。

 長谷部の感情が花開くのを待つと決めた大倶利伽羅は、再び同室になってから性的な接触はしていない。ただ、ふたりの住環境を整え、脚を愛でることだけはねだった。若い肉体は、わずかな接触だけでは足りないと空腹を訴えるけれども、こころは長谷部の欲求がふいにこぼれる瞬間を涎を垂らしながらも待っている。滲む欲望の美しさを大倶利伽羅はもう知ってしまったのだから。

 酷使されている足の土踏まずをごりごりと曲げた関節で抉ってやれば、いやいやをするように脚が逃げを打った。抵抗をいなして押さえつけ最後に強く肉を穿ち、押し込んだ。右足だけで息も絶え絶えになっている長谷部はそれでもやめろとは言わない。

 足裏の疲れを散らし、徐々に上へ進路を進める。足首の関節をぐるぐると回し、踵に繋がる腱を指で挟みこりこりと往復する。そして、きゅっと締まったふくらはぎに到達する。少し乱暴なくらいに包み込み揉み解してやる。長谷部はふくらはぎが凝っていることが多く、ふるふると揺らしながら揉んでやると声を抑えられなくなる。

「……ア」

 控えめに漏れ出た声はぐうと指を沈めつぼを突く段になると、より大胆に跳ねていく。

「あっ、あっ」

 多分に甘さを含んだ声は耳に毒だが、自分が上げさせているのだと思えば悪くない。

 山を越えて白い太腿に線を描くように指を滑らせて血行を促進する。たわんだ浴衣に潜り込んでいく褐色の手、血管が透けてしまっている皮膚の薄い内腿、無垢な柔らかさを持つ感触に、熱は溜まり続ける。

 

 少しの苦みを含んだ施術の時間が終わった時には、血行が良くなり温かくなっている生きた長谷部の脚。するり、するり、上から下へ手のひらで撫でおろし、ふくらはぎをつつき、内股に指先だけで線を描く。長谷部の足元に座り、腿に頬を寄せ、暫し大俱利伽羅にとっては奇跡のような造形を堪能する。施術後に長谷部がくったりと意識を遠くさせている少しの間、大倶利伽羅が勝手に貰っている報酬のひと時。少し窮屈なズボンに身じろぎして、熱を散らすように長谷部の腿に湿った息を吐き出した。

 びくり、身体を揺らした長谷部の意識が現実に帰ってくる。とろりとした目を瞬かせ「ありがとう」と小さくつぶやくのに、罪悪感がむくりと首をもたげた。大倶利伽羅が無理やり押し付けたとも言える行為に返される律儀な感謝を噛み締めると、きゅうと胸が鳴く。言葉もなく下から紫の硝子玉を見つめた。離れがたい気持ちに活を入れ、「好きでやっていることだ」図らずも掠れてしまった声を出し身体を離す。この後は小さなテーブルをどけ、きっちり二組の布団を敷かねばならない。立ち上がろうとソファについた手に感じるひやりとした感触。ふいに手をとられ握りこまれる。大倶利伽羅よりも数段低い体温だ。今度からは手もマッサージしてやった方がいいだろうか。たまに長谷部はこんなふうに大倶利伽羅の手を両手で包み込むことがあるのだが、迷うように力を入れては緩められ、やわやわとくすぐったい。

 もっと力を入れてもいいのに。

「どうした?」

 見上げた先、おずおずと息がかかるくらいまで大倶利伽羅の手を持ち上げ、戦慄く薄い唇から震えこぼれる音。

「その……お前が好き、なのは、……俺の脚だけか……?」

 潤んだ瞳にひそやかに咲く意思が煌めく。

 ぎゅうぎゅうに心臓を握りこまれ、肺から息が絞り出される。いっこうに出てこない言葉の代わりに空いた手を硬質な感触の髪に差し込み、花開いた熱をのせたかんばせを引き寄せた。痛みを感じるであろうほどに項に沈み込む指。加減できない力は大倶利伽羅の想いの強さだ。

 どうか許してほしい。

 一足飛びに跳ねて、我慢が利かない俺を。

 

 

 

 

 

 

『追伸』



 

 長谷部の胸で初めて、ちかり、光が弾けたのはいつだったろう。

 刀が人の身を得ることに戸惑いながらも慣れていき、使いこなせるようになって、食べて働き眠る日々を送っていても、自分のこころは虚であったのだろうと今になってわかる。刀であるのならそれでも良かったのだ。しかし、こころという器の輪郭を知ってしまったからには、もう戻れないのだろうと朧げに思う。

 刀として優秀であると自負している長谷部が、おかしな心臓の跳ねに悩まされるようになったのがいつからかはわからない。けれど、誰のせいかは知っている。

 大倶利伽羅、同室の男のせいだ。




 

 近侍ではなくなり、することを失った長谷部が、ただ時間が過ぎるのを待つようになった頃から大倶利伽羅は長谷部を気にするようになった。長いこと同室であるが、こんなにも落ち着きのないやつだっただろうか? と思うが、今まで顔をあわせていたのは寝ている時ぐらいだったなと思い直す。それでは判断材料にならない。

 急に距離を詰められて不思議に思っている長谷部に、大倶利伽羅は大人の義務を教えてくれた。未知の行為は身体が勝手に熱を持ち呆然としたものだが、頭を撫でられる感触は悪くなく、ちりり、胸に火花が散った。何度も行われた接触で長谷部は自分だけではなく大倶利伽羅の身体も熱を持っていると気付く。お返しのように口で熱い雄を咥え、粘る種を受けとめ、あのすらりとした指を持つ大きな手で頭を撫でられた時、またひとつ光が弾けた。何かが身体の中で蕩ける。

 熱を押し付け合う日々は、鶴丸が顕現し大倶利伽羅が世話役についたことで突然に終わる。

 寒い、と長谷部は思った。

 部屋にひとりでいると、なんて寒く時間が流れるのが遅い。どうしたらいいのかわからず、ただじっとしていた長谷部に大倶利伽羅が手を差し伸べてくれてやっと、長谷部は手を伸ばすことができた。

 再び同じ部屋で過ごすようになってからというもの、大倶利伽羅は優しく長谷部をいたわる。大した働きもできていないのに壊れ物のように扱われ、困惑するのと同時に、かの手から伝わる体温にまいってしまっているのを自覚した。離れれば胸にぽかりと穴が開き、脚だけしか触ってくれないのが不満で、自分の全てをもっと強く撫でてほしいのだと衝動的に思う。畑当番で一緒になった御手杵が言っていたように、大倶利伽羅は“脚ふぇち”で自分の脚だけにしか興味がないのかと思い至ってしまったら、きりりと胸が痛んだ。

 耐えかねて、ついに長谷部は駄々をこねる。小さくこねた駄々に過剰なぐらいの熱を返されて、身体の中から大倶利伽羅の形に作り変えられるような暴力的ですらある快楽に翻弄された。ずるりと背骨を抜かれてくにゃくにゃになってしまった長谷部は、初めて恥ずかしいというこころを知った。長谷部の全てを余すことなく撫でられることは、満足するのと同時に腹を焼かれるようないたたまれなさでいっぱいにした。大倶利伽羅といると落ち着きがなくなり、その一挙一動が気になって仕方なくて、それでいて、触れられれば頭が熱に浮かされたようになるのだ。

 たまらず長谷部は逃げた。なのに大倶利伽羅は迫ってくる。どこかに隠れようにもどこに行ったらいいのかわからなくて、苦肉の策で押入れで息を殺したり、布をかぶったりしてみても、すぐに見つかってしまう。簡単に長谷部を捕まえ、その腕で、声で、熱で、長谷部を混乱させ動けなくしてしまうのだ。上がり続ける熱で自分が自分でなくなる感覚はこわい。

 初めて、こわい、と思った。どんなに強い敵を前にしようと手足が飛ぼうと、こんな心地になったことはなかった。五虎退が言っていた、こわいという言葉を、その音が持つ感触を身体全体で感じたら、今度は自分をそんな状態にする大倶利伽羅に怒りがわいた。何しろ大倶利伽羅は逃げ隠れする長谷部を嬉々として追いかけてくるのだ。いつもと表情は変わらないが、あれは絶対に楽しんでいる。口の端が意地悪く上がるのに、きゅんと鳴く自分の胸も腹立たしい。こんな意地悪なやつがかっこいいだなんて断じて思っていない。ヘし切長谷部ともあろう刀が尻尾を巻いて逃げるなんて……。


 

「も、もう、……全部お前のせいだ!」

 今、長谷部は極めて私的な理由で初めて怒っている。だって全部大倶利伽羅が悪い。この身体に熱といたたまれない恥ずかしさを覚えさせ、逃げても逃げても追いかけてくる。跳ねる心臓を落ち着かせる時間が欲しいのに、今現在も長谷部をソファに追い詰め押し倒している。あわあわとするばかりだった長谷部も怒る。乱の言葉を借りるなら、それはもうプンプンだ。

 なのに、なんなのだこの男は! なんで、そこで嬉しそうに笑む。なんで胸は高鳴る。長谷部はもうどこに怒ったらいいのかわからなくなった。

「初めて怒ったな」

「お前が悪い!」

「もっと見せてくれ」

「やだ、見るな」

「全部俺が教えたんだから、俺には全てを見せろ」

 丁寧で優しい男だと思っていたのに、嫌がれば嫌がるほど嬉しそうなのはなんだって言うんだ。抵抗を物ともせず、鮮やかな手際でわなわなと震える長谷部のスラックスと下着を性急に取り去り、長谷部の性器に舌を伸ばす。燃えるように熱い粘膜に包み込まれてしまえば、この身体はどんどんとなまくらになっていってしまう。加減なくじゅるじゅるとぬめる口内で扱かれると、身の内が小さな火花でいっぱいになってしまう。怒っているのに快楽に慣らされた身体は、くんなりと大倶利伽羅の手管に安心してしまうのだ。

「ばか! ばか! このうつけ!」

 罵れば罵しるほど、きゅっと細まる目が煽情的だなんて思っていない!

 簡単に腫れ上がってしまう性器を強く吸われ、長い舌で執拗に凹凸をなでられてしまうと我慢がきかない。腹の奥が収縮するように鳴き、連動するように後孔が寂しさを訴えるのだ。大倶利伽羅に作り変えられた粘膜は嬉しそうに節くれだった指を喰む。露をこぼし続ける性器を口で吸い上げられながら、貪欲な襞をひとつずつ撫で広げられ、全身がひどく震えてしまう場所を執拗に嬲られると、声も抑えられず何も考えられなくなる。

「あっ、あっ、あっ……んう〜〜〜、やっ」

 どこにも行きようがなく、ぎゅうと祈るように身体の前で握り締めていた両手を大倶利伽羅の頭に伸ばし、なんとか止めてくれるように加減なく引っ張っても離してはくれない。罵りの言葉をぶつけてやりたくとも、胸を上下させ呼吸をするので精一杯だ。

 いやだ。いやだ、こんな。自分が自分でなくなってしまう。へし切長谷部がただの肉の塊になってしまう。

 大倶利伽羅が穿つ指の動きに合わせて上り続ける熱は、ぐるりぐるり長谷部の体内を螺旋を描いて巡り、ぐちり、とひときわ大きな水音を認識した瞬間、奥まで入り込んだ指が暴れて長谷部の頭は真っ白になる。

「んんんぅンン〜〜〜〜……」

 果ててもなお最後まで出せとばかりに吸い上げられ、制御を失った身体は勝手に跳ね踊り、口からはおぼつかない濡れた声ばかりがこぼれる。

 果てる感覚を初めに教えたのも、この男だった。白い世界に揺蕩いながら、身体を起こした大倶利伽羅がひとつ唇を舐めるのを目にした時、また胸で何かがパチンと弾け、長谷部はこわくて仕方がなくなった。じわり、視界が潤んでいく。ばかみたいに胸がこわいという言葉でいっぱいになっていく。

「ひっ、ぅぅ、……ぁぁ〜〜」

 兄弟喧嘩の末に、こんな風に身も世もなく泣いていたのは前田だった。なぜそんなにも顔を歪ませるのかわからなくて、流れ続ける水に丸い瞳が錆びてしまいそうだと、そんなことばかり気にしていた。なぜこんなにぼろぼろと水が溢れる。

「あんたが泣くの、初めて見た」

 一瞬、虚をつかれたような顔をした大倶利伽羅は、瞬き、次いで長谷部をぎゅうぎゅうに抱きしめてくる。長谷部の存在が溶けて無くなりそうなのに、なんでそんなに嬉しそうなんだ! ひどい! ひどい男だ! 肺が震えて、ひっくひっくと無様なくらいにしゃくりあげてしまっては、罵倒することすらできない。

「どうした?」

 甘く掠れた優しい声を、熱い息とともに耳に吹き込まれてしまうと、余計に泣けてしまうのはなぜだ。

「ひっ、……こ、ぅ」

「こ?」

「こ、……わいっ、おれが……俺で、な、なくなってしまう……とけて、ぐずぐずの鉄に、戻ってしまぅ」

 それをやめて欲しいのに、長谷部の身体をなぞることをやめずに、耳朶を噛んだ大倶利伽羅は喜色を隠さない声で囁く。

「大丈夫だ。溶けてもまた、俺があんたの形に戻してやる」

 ひくり、肩が跳ねる。喉が詰まって、目の奥が痺れる。頰が熱い。適当なことを言うなと怒ってもいいのに、長谷部はもう震える身体をどうにもできず、それでもいいと思ってしまった。大倶利伽羅の手で作り変えられるのならいいとまで──────。


 

 

 言葉通り長谷部に身体の輪郭を思い出させるように、大倶利伽羅はやんわりと優しく肌を撫でさすり、時折、舌も使って長谷部の身体を浮かび上がらせた。

 強いのもこわい。けれど、優しくされれば、それはそれでもどかしく泣きたくなるものだと知る。執拗に脚を上から下まで撫でくすぐられ、爪先で触れるか触れないかぐらいの細やかさで甲から足の先までなぞられるのは、くすぐったくていたたまれない。不意にびくりと身体が跳ねてしまう筋肉の境目を抉られる。ざわざわとした、どんな感覚も快楽に練り上げられていく。下まで撫で降りた手が足を持ち上げ、長い舌が足の指に絡みつき熱い口内に飲み込まれていく。一本一本、丁寧に舐めしゃぶっている大倶利伽羅を目に映し、悲鳴を噛み殺して長谷部は懇願した。

「も、もぅ……ぁ」

 皮膚の薄い指の股をチロチロと舐めくすぐられる。鋭く光る琥珀色を見つめて、ごくり、喉が鳴る。

欲しいと思うこと。それは最後まで長谷部が閉じ込めていたこころだ。所有物のくせに何かを欲しがる人みたいなこころも、欲しがって裏切られることも、裏切られれば律儀に傷つくであろう己も、たやすく予想がついて嫌だった。けれど、臆病な長谷部になんでも応えてくれる刀を前に、もう何もかもをさしだしてもいいと思った。

「お、くりか、ら……欲し、い」

 矜持もなくさらけ出した願いに大倶利伽羅はくしゃり、顔を歪ませる。

「全部やる」

 てろりと光る長谷部の脚を抱え上げ、腫れ上がった雄を性急に突きたてた。

「〜〜〜〜んああっ」

 繰り返し打ち付けられる雄の火傷しそうな熱で、長谷部の虚が埋められていく。自分のものだと主張して、逃がさないとばかりに汗が浮かぶ褐色の背に爪を立ててしがみつく。

「あっ、あっ、ぁぁ……くりから……くり、から」

 ぐちり、ぐちり、奥をこねられ、身体の芯からパチパチ弾ける快楽で目がくらむ。与えられるもの全てを受け止めるように背を丸め、獰猛な荒い息がこぼれる大倶利伽羅の唇に吸いつく。乾いた喉に男の唾液を流し込めば胃の腑が熱くなり、締め付けるほどに速くなる律動。己の中心に至る刀の凹凸が長谷部の中をなめらかな何かにしてしまう。上がり続ける熱が鉄を赤く染める。胎内をじくじくと侵食して収縮を繰り返し、最後に一際美しい火を纏って爆発した。

腹の中に広がる熱を感じて、何もかもがまっさらになった頭で思う。この男に作り直されるのは悪くない。覆い被さってくる熱い身体を受け止めてやり、胸に広がったふわふわとした安心感を噛み締め、長谷部はひとつ不恰好に笑んだ。






 

「おろせ!」

 いつになくぎゃあぎゃあとわめき立て、肉の薄い頰をつねっても、大倶利伽羅は長谷部の背とひかがみに腕を通して抱えたまま下ろしてくれない。風呂場につくまでこのままかと思うと居たたまれない。

「じゃあ、あんた歩けるのか?」

「う」

「この方が早いと思わないか?」

「う」

 正論で突き詰めてくるのは卑怯だなんて、自分の今までの態度を棚に上げ思う。自覚してからというもの、こころを動かすのに忙しい長谷部は、頑固な男相手に疲れて観念したように力を抜いた。誰かに見つかってはかなわぬと上げた視線の先、正面から宗三が来るのが見えぴきりと固まる。朝食当番なのだろう、たすき掛けをした宗三が欠伸を噛み殺したのちに目があうと、ニヤリと笑んだのを見てしまい、嫌な予感に大倶利伽羅の逞しい首筋に視線を落として縮こまる。三人とも無言のまま、一歩ずつ近づく。宗三の甘ったるい匂いが長谷部の鼻腔をくすぐった瞬間、

「ひあっ」

 すれ違いざまにふらり揺れていた脛から甲まで細い指でなぞられ身体が跳ねる。そして、のの字を描いたたおやかな指は最後に甲をつねって離れた。

「随分と可愛らしい反応を返すようになったものです」

「な、な、」

「ふふ、こわいこわい」

 好き勝手なことをして行ってしまった桃色の髪を見送り、そろり見上げた先で大倶利伽羅とばちり目があった。鋭く眇められた琥珀がどろり絡みつく。

「あんた、もう触らせるなよ」

 ぱちり、瞬きの間に呆れてしまう。勝手に教え、勝手に暴き、勝手に長谷部を翻弄する小憎らしい男の、勝手ばかりを言う唇にため息を吐き掛けてつまむ。

 お前の腕が俺にだけ伸ばされるのならば、許してやろう。

 甚だ不本意だがな!

 

​19/11/2016                                                                                                                                                                                                                      NEXT

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