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Part time job

冷えた身体

 その男に初めて会ったのは、アルバイト先の冷蔵倉庫だった。

極寒の倉庫の中、お互い作業用の防寒着を着てフルフェイスマスクまで被っていたものだから、見えているのは目だけ。目だけで何がわかるというのだろうか。結果的に、わかったのはそいつの目が儚い藤色をしていることだけだった。

 ただ、それだけだった。

 後にその男の名前は長谷部というのだと知ったが、こまめに取らなければいけない休憩もシフトの入りも終わりも重ならないようで、素顔を拝むことも無く業務以外の会話を交わすことも無く、ただ淡々とお互い仕事をこなすだけの日々が続いた。見ていると、長谷部は俺よりも勤務歴が長く、効率よく作業するのがうまかった。自然、長谷部と一緒の時は長谷部に合わせるように動くようになった。きつい作業だが、長谷部と一緒の時はとてもやりやすさを感じる。顔も明瞭な声も知らないのに、俺は何だか長谷部の事をとても知っているような気になっていった。ただ、単純な作業をこなしているだけなのに。

 

 そして、一ヶ月程過ぎた頃に、初めて仕事終わりが一緒になり、その男の全身を目に映すことになる。

 作業着を取り去れば、甘い紅茶のような珍しい髪色に、引き締まった細身の身体、切れ長なのに少し垂れた目尻、睫毛には温度差で水滴が纏い、まるで泣いているかのように見える。

 完全なシンメトリーを描く美しさに、我知らず手が伸びる。

 あと少し、触れるその前に長谷部が俺の倶利伽羅龍に触れ、つつとなぞっていった。その指はとても冷たかった。




 

 新たな街の新たな仕事にもだいぶ慣れた頃に、その男は新人として入ってきた。

 全身を隠して、目だけで挨拶を交わす。琥珀色したそいつの目は随分と甘そうで綺麗だった。

こういったきついアルバイト故に個人主義的に動くやつも多い中で、大層な名前の大倶利伽羅という新人は俺に合わせるように動き、またそのサポートが的確なので今までにない働きやすさを感じていた。背中を預けてもいいような安心感を感じる。そんなもの感じるような時が来るとは、ついぞ思っていなかったのに。

 

 そうして初対面から随分経ってから、初めて大倶利伽羅の全身を見ることになる。

 ばさりと作業着を脱げば、毛先だけ赤い柔らかそうな黒髪に、よく見れば優しげな目元、褐色のなめらかな肌が現れ、そして、左腕には巻き付く龍が。

 ふと、その龍の熱を感じたくなり、その鱗をなぞると、手を伸ばしてきた大倶利伽羅が俺の目元の水滴を払った。



 

 目が合い、ひとつ息を吸って、見つめ合いながら、どちらからともなく舌を絡めて口付けをした。

 瞳は閉じられなかった。



 

 治安がいいとは言えない街の寂れた安アパートで、こうあるように、熱を分け合い、冷えた身体を温め合う。倦怠感を訴える身体を横たえ、大倶利伽羅の体温の高さを若いなと長谷部が揶揄すれば、若さという言葉で全て済ませようと思うなと、大倶利伽羅は囁いた。

 熱が戻って落ち着くと、今度は空腹を覚える。肉体労働の後に食事もせずに抱き合っていた事に気付いた2人は、近所の定食屋に向かった。大雑把で賑やかなおばちゃんのいる定食屋で、長谷部は秋刀魚の塩焼き定食、大倶利伽羅は生姜焼き定食を頼み、待ちかねた白い炊きたてご飯を二人でもりもり食べて、長谷部は何かが満たされたのを感じた。


 

 長谷部はまだ大倶利伽羅が名前なのか名字なのかそれとも両方なのか知らない。

 大倶利伽羅はまだ長谷部の下の名前を知らない。


 

 きっと、ずっとこのままここにいることはできないだろう。

 それでも、今はまだ、この雑な世界でお前と。

くりへしワンライお題「防寒具」

​05/12/2015                             

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