Part time job
▷ねこのケーキ
「ん」
玄関口で箱を押し付ければ、襟が伸びくたびれた部屋着に、くわえ煙草で出迎えた長谷部が目を丸くした。
「え?俺に?」
「ああ、あんた誕生日だろ?」
「え?あっ、忘れてた」
「くくっ、あんたらしい」
勝手知ったる部屋に上がり込む。相変わらず余分な物のない殺風景な部屋だ。長谷部は小さなテーブルの上に箱を置き、まだ長い煙草を灰皿に押し付けると、何故かおそるおそるといった風に箱に手を伸ばす。随分ともたつきながら開けて、動きを止めた。
「これ、食べていいのか?」
「ああ、あんたの為に買ってきたんだから。自転車で来たから崩れてないか?」
箱の中を覗き込めば、猫の形をしたケーキが間抜けな顔を晒していて、安堵する。崩れた猫では、祝福にならない。
「俺のため……」
小さく呟いた長谷部を見て、心臓が跳ねた。
「なんで泣く……すまん、ねこは嫌いだったか」
「違う。かわいい」
「なんだ? チョコレート味の方が良かったか?」
「違う。白いの好きだ」
「どうした? そんなに泣くな」
「嬉しい……お前が覚えているのが嬉しい。だめだ……今日の俺はだめだ…こんな浮かれてしまって」
「そんな大したことはしてない」
「初めてなんだ……俺のためのケーキ」
ぐすぐすと子供のように泣く長谷部は猫の顔したケーキを睨むばかりで、一向に手をつけない。
「これ、とっておけないだろうか」
「おい、食べろ」
「もったいない」
「今日、食べないと意味ないだろ。ほら」
付けられていたフォークをつかむと、迷いなく山盛り掬い、その震える口に差し出す。力む指でたわんだフォークからプラスチックが軋む音がした。
ゆっくりと開けられた赤に白をのせる。
「うっ、甘い」
「ケーキだからな」
「甘くてふわふわ」
「ははっ」
そのまんまだな。
「……おいしい」
「ああ」
────その顔が見たかった。
13/05/2016
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