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Part time job

ねこのケーキ

「ん」

 玄関口で箱を押し付ければ、襟が伸びくたびれた部屋着に、くわえ煙草で出迎えた長谷部が目を丸くした。

「え?俺に?」

「ああ、あんた誕生日だろ?」

「え?あっ、忘れてた」

「くくっ、あんたらしい」

 勝手知ったる部屋に上がり込む。相変わらず余分な物のない殺風景な部屋だ。長谷部は小さなテーブルの上に箱を置き、まだ長い煙草を灰皿に押し付けると、何故かおそるおそるといった風に箱に手を伸ばす。随分ともたつきながら開けて、動きを止めた。

「これ、食べていいのか?」

「ああ、あんたの為に買ってきたんだから。自転車で来たから崩れてないか?」

 箱の中を覗き込めば、猫の形をしたケーキが間抜けな顔を晒していて、安堵する。崩れた猫では、祝福にならない。

「俺のため……」

 小さく呟いた長谷部を見て、心臓が跳ねた。

「なんで泣く……すまん、ねこは嫌いだったか」

「違う。かわいい」

「なんだ? チョコレート味の方が良かったか?」

「違う。白いの好きだ」

「どうした? そんなに泣くな」

「嬉しい……お前が覚えているのが嬉しい。だめだ……今日の俺はだめだ…こんな浮かれてしまって」

「そんな大したことはしてない」

「初めてなんだ……俺のためのケーキ」

 ぐすぐすと子供のように泣く長谷部は猫の顔したケーキを睨むばかりで、一向に手をつけない。

「これ、とっておけないだろうか」

「おい、食べろ」

「もったいない」

「今日、食べないと意味ないだろ。ほら」

 付けられていたフォークをつかむと、迷いなく山盛り掬い、その震える口に差し出す。力む指でたわんだフォークからプラスチックが軋む音がした。

 ゆっくりと開けられた赤に白をのせる。

「うっ、甘い」

「ケーキだからな」

「甘くてふわふわ」

「ははっ」

 そのまんまだな。

「……おいしい」

「ああ」

 ────その顔が見たかった。

​13/05/2016                             

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