Eat you / Eat me
「え゛?」
空気が冴えをまし庭も色づいてきた夜半、長谷部はきょとんとこちらを見つめる金色に雅でない声をしぼり出した。急速に熱が冷え、寒さとおののきでぶるりと身体が震えた。
「え? お前出したことないのか?」
長谷部に押し倒されて性器をむき出しにされているというのに、真顔の大倶利伽羅はわからないと眉間にしわを寄せた。
「出すとはなんだ? 尿なら出てるぞ」
「いや、あの、し、白いの……」
「ん?」
「こ、子種だ! ……精液ともいう」
「白いものは出たことないな」
「お、お前、俺が渡した特製の人体マニュアル(青年版)を読んでないのか!?」
「必要なことはあんたに訊けばいいし、教えてくれるじゃないか」
教育係なんだから。
純粋な教え子につぶらな目で見上げられて、長谷部は「うっ」と呻いた。
「い、戦の後に熱くなることはなかったのか?」
「寝ればおさまる」
恋人と夜中にふたりっきり。乱れた浴衣を羽織り、布団の上でする会話としてはふさわしくない気がする。どうしよう。性欲がまるっきりなく精通もまだだとは知らなかった。
今日こそはと気合を入れて夜這いを仕掛けた長谷部は、がっくりと肩を落とした。
教育係として数々の刀を面倒見て来たが、青年の身体でここまで疎いやつは初めてだ。刀の数が増えるにつれて大体が早々にそういったシモの話に興味を持つことはわかったので、マニュアルでも自慰の項目は重要項目としてページを割いている。男の身体とは難儀なものだと痛感していたのだ。短刀の身体の方が刀としては運用しやすいのではないかと。それが、
「なんだ? 白いのが出てこないとだめなのか? 出た方が強いのか?」
仔犬のような目が長谷部を見ている。長谷部は大倶利伽羅のこの目に弱い。遅くに顕現し劣等感を刺激されてもおかしくない環境で強くなろうと必死に努力し、なんでも吸収してやるとまっすぐにこちらを見る大倶利伽羅は、肉の器での経験を重ねた長谷部にとって、最初からまぶしいものだった。彼の成長を間近で見て胸にもたらされたものを思い出す。
「いや、つ、強い? のかもわからんが、だめというわけでは、」
長谷部の脳裏に光が差し込んだ。熱を感じていたということは、ただ吐き出すきっかけがなかっただけで、大倶利伽羅にも欲はあるということだ。
これは好機なのでは。大倶利伽羅に快楽を教えこめば、長谷部しか見えなくなって離れられなくなるのではないだろうか。そもそも長谷部は過酷な使命を帯びた刀であることだし永遠を信じていない。そんな長谷部を好きだと言った刀の目に嘘がないのはわかっていても、気が変わることは誰にでもありえることだと承知している。こころというのは、やわらかくふわふわとした手触りで簡単にすり抜けていく、しっかりと捕まえていられないものだ。己自身ですら。でも、快楽にひとの身体は弱い。気持ちいいことを教えれば大倶利伽羅をつなぎとめる枷になるのではないだろうか。こちらが主導権を握って身体からぐずぐずにしてしまえば、きっと長谷部にめろめろになって、こころや言葉よりもずっと確かな枷になる。
おほん、とひとつ咳払いをして、大倶利伽羅の息子もさすがに寒そうなので一旦隠し、長谷部は居住まいを正した。
「それが出ないと大いに身体に悪い。……なので、特別に俺が教えてやろう。あくまでひとりで覚えることだから、えこひいきしたと思われては困る。秘密だ」
えこひいきそのものの行動をしながら冷や汗をかきつつ長谷部はニヤリと笑った。
「……特別。わかった全部教えてくれ」
ああ、まっすぐにこちらを見つめる瞳がなんともうしろめたかった。でも、長谷部はもう、大倶利伽羅を手放せないのだ。
そもそも、長谷部が大倶利伽羅に落ちたのは大倶利伽羅に告白された瞬間だった。あの夏の日、畑当番にあたっていた長谷部は、取っても取っても取りきれないきゅうりを収穫していた。夏野菜の一気に収穫時期が来てしまうことは問題だと考えながら、保存食としてぬか漬けを導入すべきか、しかしあれは毎日忘れずに手をかけるものがいないと、などと内心でつぶやいていた。同じく当番の大倶利伽羅は背後でホースから水をやっていて、たまに飛沫が内番着の上を脱いだシャツ姿の首元まで飛んできて、くすぐったかったのを覚えている。新鮮なきゅうりの棘が軍手に引っかかりうつむいた瞬間だ、ひたりと無防備な首筋に濡れた指がふれた。
「ひゃ、」
肩を揺らして振り返った長谷部の目に、ホースを放っぽり出し佇む大倶利伽羅が映る。逆光で顔はよく見えなかった。
「どうし、」
「好きだ」
「きゅうりが? ならいっぱい食べろ」
のんきにも大量の収穫物を消費してもらおう、と長谷部は考えていた。
「いや、あんたが」
手の中でぼきりときゅうりが折れる音がした。
きゅうりも嫌いではないが、という生真面目な言葉が遠く聞こえ、長谷部は呆然と大倶利伽羅を見上げたのだった。最後に見えない表情の奥から、かしり、歯の鳴る音がした。
今でも長谷部は大倶利伽羅がなぜ自分を好きになったのかわからないでいる。彼との関係は昔も今も教育係と教え子と言った方が正確だ。長谷部はこの本丸で三振り目に生まれ、いく振りもの刀を教育してきたが、その間特別なことなど何もなかったというのになぜ大倶利伽羅は、と思う。
始まりの刀は歌仙兼定、その鍛刀で生まれたのが小夜左文字、その次に励起させられたのが長谷部だった。肉の器を与えられて初めて目に映したものもそのふた振りだけで、長谷部は勇んで紡ぎだした名乗りを目の前で微笑む華やかな男にしたのだけれど、「僕は主ではないよ」という遮りを受けて盛大に舌を噛むこととなった。
この本丸の審神者は現世に在宅したまま審神者業をすることを模索しているということで、半ば実験的にこの本丸は存在しているようだった。報告書の提出を義務付け、端末上のやり取りは活発だが、顔をあわせることだけはない。刀の顕現は審神者の生きた霊力が込められた札で行い、本丸の運営は基本的には刀たちで行う。知りたい情報は端末で検索すればいい。それでもわからず指示をあおげばきっちりと真面目に回答してくれた。軌道にのるまでは大変だったが、やりようはいくらでもあるものだ。本丸をうまく回す方法を確立した初期の刀たちは、ちょっとやそっとのことでは動じなくなった。
話だけでは冷たく思える審神者と唯一顔をあわせたことがある歌仙は言った。
「より効率がいい方法を模索しているのも確かだけれど、情がうつるのが嫌なんだろう。完成されたうつくしい物語に関与したくないって怖気付いているのさ。……無駄なあがきな気がするけどね。顔をあわせなくとも文字ひとつ、情報ひとつだけでその輪郭は形作られる。おかしなことだ。なぜひとは筆をとるのか、ということを僕の方が知っている」
歌仙のまわりくどい物言いにはピンとこなかったが、主のために働いているという実感の乏しさに歯噛みしていた長谷部も、その頃にはこういった形でも役に立てることに納得がいっていた。本丸をうまく運営し勝ちを重ねることが長谷部の責務だと思った。さながら、口うるさいところもあるが鷹揚な歌仙が母、融通が利かないが真面目な長谷部が父、復讐に関すること以外は冷静で正論しかいわない小夜が教師で、失敗をいくどもくりかえしこの本丸は成長した。
大倶利伽羅は所属する刀も増え運営が安定し、本丸内の空気も落ち着ききった頃に顕現した刀だ。慣例通り教育係になった長谷部にとって口数は少ないが態度は真面目、強くなりたいという意欲も充分のかわいいかわいい教え子だった。コミュニケーションに難ありという、前情報のわりには少し先に顕現した和泉守兼定とよく話し込んでいるのを見かけるし、同期とは稽古や実戦の場で切磋琢磨する素直なやつだった。
「とても、好きなんだ」
「ぅん」
青臭いきゅうりの匂いに包まれながら、おぼつかない音がこぼれた。青天の霹靂だった告白に長谷部は我知らず了承を返していた。長谷部は自分が誰かに恋をする可能性を考えたことがなかった。ましてや誰かに恋をされるなんて。でも、すとんと腑に落ちた。大倶利伽羅を見るたび見られるたびにもれだしそうな何かは特別な好きだったのかと。
立ち上がって向かい合うと、やっと大倶利伽羅の表情が見えた。まっすぐに長谷部を見つめている。
ああ、この瞳だ。長谷部は出会った時から視線の強さに胸が苦しくなった。
「……おれもだ」
大倶利伽羅がふっと目を細めた。汗の浮くたくましい喉仏がごくりと上下するのが目に入って、ざわりと胸が騒いだ。
長谷部はいつも腑に落ちるのが遅い。こころを置いてきぼりに理詰めで動き出してしまうからだ。
告白されて自覚した長谷部は、前からかわいい教え子ではあった大倶利伽羅がなおさらかわいくて仕方がなくなった。諌めなければならない癖に見惚れて、あばたもえくぼになるぐらいに。戦場で大物ばかりを追いかけるへきや、真面目にやるくせに内番など戦う以外の仕事に最初は嫌そうなそぶりを見せるところなど、なんともかわいい。実に困った。
始まりは大倶利伽羅だったけれども、長谷部も充分に好きだったのだ。
さて、両想いなふたりは仲良く幸せになりました、とはならない。教育係と教え子の関係から何も変わらないのだ。空いた時間に近くにいるのは以前からだし、ならば特別なことをしているかといえばそれも違う。秋が深まる頃になっても恋仲らしい特別なことは何もないのだ。知識だけは人一倍の長谷部は、最初は己が贅沢でせっかちなのかと思った。
でも、いつまでたっても特別な接触はない。そっと指先をふれるように長谷部から仕掛けようとしたこともあったが、無垢な瞳で見返されると喉がつまって何もできなかった。切なく身を焦がす熱に浮かされて、もっと近くに寄り添いたいと思うのはおかしいのだろうか、と悩みに悩んだ長谷部は審神者に質問もした。いつもならすぐに届く回答がだいぶ時間を置いて届き、光る端末に表示されていたのは『君は学習能力と勤勉さに優れた刀だ。献身性もある。目的と手段を明確にして、仕掛けたらどうだろうか。』といういつも通りの言葉だった。
求められてないことをすることにためらいがなかったとはいえない。けれど、渇きに耐えかねて長谷部は手を伸ばしてしまった。それは用意周到に準備して機が熟すのを待った、長谷部の真面目さを充分に発揮した夜這いだった。
だが、結局のところ相手を置き去りにしたものだったのだ。
ほしい、となぜひとことでも本音を言うことができなかったのだろうと思うが、いつも教える立場の長谷部は欲しがることをしたことがなかった。審神者に、仲間に、頼りにされ甘えられることが喜びだと仕事に励む長谷部は、甘える術を知らなかったのだ。
のちに、事の顛末を聞いた歌仙は呆れたように嘆息したという。
「まずはじめに言葉ありきだろうに」
「…はじめに…ちゃんと機能しているか検査する」
失礼する、ともごもご言いながら、文机に座らせた大倶利伽羅の浴衣の合わせを開き、再び彼の息子とまみえる。そろりと視線を下ろして、男らしい線を描く腹筋をたどり、黒い艶やかな陰毛を過ぎた先に見えた性器はまだ力ない状態だった。
「ぅ」
雰囲気は微妙だったかもしれないが、長谷部に押し倒されていたというのに、なんら反応していないことに小さく落ち込む。大倶利伽羅は親愛を恋と勘違いしている可能性が頭をかすめ手が震えたが、いや、だとしたとしても、これからとろとろにしてしまえばいいのだ、と長谷部はえいやとばかりに気合を入れて性器に指を這わせた。
長谷部の手が冷たかったのか、大倶利伽羅の腹筋がぴくりと震えた。慌てて長谷部はゆるく指をまわした肉棒の近くに顔を寄せ、指ごと温めるようにはぁと息を吹きかける。足元にぺたりと座り込んで間近からまじまじと観察すれば、大倶利伽羅の息子は少し皮を被っているようだった。
「衛生的には、この皮は剥いた方がいいらしい」
言ったもののもたもたとしてしまっていた長谷部はマニュアルを頭に思い浮かべ、とにかく最初は処置をするつもりで手を動かし、慣れたら快楽に落としてやればいいと方針を立てた。次までにもっと技術を学ぶという宿題も忘れない。
まずは滑りをよくするべく、口を開き舌先から唾を落とす。夜這いをする前はからからだった口には大倶利伽羅の雄を目にしてからというもの唾液があふれていた。
ねとりとした唾が雄に絡みつき、てらてらと光を放っている。指で塗り広げとにかく勃たせよう、とおそるおそる手のひらで包み込んで扱く。くちゅん、と小さく音がした。ふ、と上から押し殺した吐息が聞こえたことに勢いを得た長谷部は、ゆっくりと扱く強さと速さをました。
「は、」
息が荒くなるにしたがって、教えればすぐ反応を返す大倶利伽羅自身のようにむくむくと大きくなった雄に長谷部は感動すら覚えて、小さく「ひゃ」と意味のわからない音をこぼした。まるで医師になったような心持ちで膨張率は問題ないなとひとり頷く。むしろ予想より随分と大きい。手のひらを押し返す弾力のある硬さに、じゅ、と唾があふれた。半ば皮を被っている頭の部分に、また唾液を落としながらこのまま触れてしまいたくて情けなくも舌先が震えた。にゅるにゅると動く皮の感触を確かめ、ちろりと上目に大倶利伽羅を伺う。
はっと湿った息がもれた。
眉間にしわを寄せて歯を食いしばり、ほおを染めたその表情!
大倶利伽羅の快楽に繋がる手綱を己が持っていることに気づき、長谷部はかっと頭が熱くなるのを感じた。
「す、すこし痛いかもしれない」
「はっ、ああ」
「いくぞ」
ためらいを振り切り思いきって皮を引き下ろした。
「っつ!」
苦悶の表情を浮かべる大倶利伽羅を長谷部はじっと見つめる。長谷部は彼に痛みを与えることもできる。それを彼は甘んじて受け入れる、という事実を目の当たりにして下腹がきゅうと痺れた。愛するものをいたぶって楽しむ趣味は長谷部にはないが、でも、それでも蛮行を許されているのだと思うとたまらない。
じわじわと上がり続ける熱に浮かされたように長谷部は、しっかりと顔をだし汚れをこびりつかせた亀頭に、欲望のまま舌を這わせた。
「うっ」
舌が痺れるような独特の味も長谷部の興奮を高める一助にしかならない。生まれたばかりで赤みを帯びた頭を、熱く滑る舌で綺麗にしてやり可愛がる。すぐにぷつりと鈴口から涙が生まれるのに我知らず笑みが浮かんだ。
「く、口でやる、必要は、あるのか?」
「は、……剥いたばかりは優しくしてやらねばならない」
挟み込んだ唇でちゅうと先端を吸い、尖らせた舌先を溝で遊ばせ、指の腹は雄に浮いた血管の感触を楽しむ。次第に混濁していく頭にかろうじて手順を思い浮かべ、とにかく精通をさせることを念頭に、男の喜ぶ場所を遠慮なく攻めた。
「ん、は…ぁ、ぁ」
最大限のばした舌を裏筋に這わせ、雁首を丹念にたどり雄の輪郭を愛でると、長谷部は小さく喘ぎ続ける大倶利伽羅を見上げねばつく唇を開いた。眇められた金色を見つめながら火照った口内にぱつんと張った傘を招き入れる。
「ん、ふ」
甘ったるい息が鼻から抜けた。無防備に晒された大倶利伽羅の急所が長谷部の粘膜をくすぐる。際限なくあふれる唾液をかき混ぜるように、ほおの裏側や上顎に擦り付ければ、くすぐったさと紙一重の刺激が脳にまわり、えぐみのある味と合間って長谷部は目尻が溶けるのがわかった。座り込んだ長谷部の足の間にある雄もさわらずとも兆している。もじりと腿をすり合わせた。絶え間なく響くちゅぶちゅぶとした水音に囃されて、吸い付く力を強くした長谷部は、もっと欲しいと思うことやめられなかった。
「ぁ、ぁ、くっ、は、は、ぃ」
「んぅ」
目前にある大倶利伽羅のたくましい腹筋が震えている。もっと、もっと喜んで欲しい。
汗でしっとりとした煤色の髪に褐色の指が差し込まれると、ぐっと地肌に指がくいこんだ。その力の強さが好意の強さに比例するように錯覚させられて、後頭部にはしった電流に引っ張られるように背をたわませる。顔を前後させ突き込まれる肉棒の乱暴さに酔う。
「はっ、はっ、はっ、はっ、は、せべ、止まらないっ」
止めなくていいという言葉は音にならず、長谷部は喜びで喉をきゅうきゅうと震わせた。長谷部の雄が下着の中で窮屈さに身をよじらせて濡れている。鼻先を陰毛にうずめ、喉をこんこんとノックされながら長谷部の口が大倶利伽羅の鞘にされていることに、言いようのない満足感を覚える。
彼にそった唯一無二の鞘になれたら。
苦しい呼吸を必死ですればするほど大倶利伽羅の匂いと味が脳を撹拌して、頭がどろどろに溶けていく。
早く欲しい。大倶利伽羅の子種が。
「あ、あ、あ、……ぁ、んうっ」
えずき喉奥で締め上げた瞬間、熱いものが吐き出され、押し出されるようにぼろりと涙がこぼれた。
「いっ、〜〜〜〜っ!」
「んんッ、ごほっ、ごほっ」
必死に酸素を取り込みながら吐き出されたものを飲み込む。濃い精液は喉に絡みついてなかなか飲み下せなかったが、舌先を刺すような味がなぜか美味しく感じた。もっと欲しくて唇を舐めると大倶利伽羅の雄を丁寧に舌で清め、亀頭を唇で覆った。ちゅうと管に残ったものまで吸い上げる。
「ぁっ、あ」
陶然として全部飲み込むと、呆然としたような大倶利伽羅と目があって、はたとする。表面上の目的はなんだったのかを慌てて思い出した。
「あ、せい、つう、でき…たな」
「それは、飲まなきゃいけないのか?」
「……ひとにしたら、綺麗にするのがマナーだ。あ、お前はまだ早いからなっ。他の刀とはだめだぞ」
苦しい言い訳を潤んできらきらとした目で受け止めた大倶利伽羅は、こくんと頷いた。
そして、おもむろに長谷部の顎に伝う白濁を親指で拭うと唇に差し出した。ふらり誘われ吸いつく。ちゅ、ちゅ、と赤ん坊のように吸って白濁をすべて舐めとってしまっても、彼の匂いと味がする親指から離れがたく爪に歯をたて、硬い指の腹を舌でくすぐった。
食べてしまいたい。
彼の肉棒を咥えていた時から感じていた欲望を振り切り、唇を名残惜しく離せば、てろりと糸が引いた。己の執着の強さを見せつけられたような気がした。
初めての経験で急激に眠くなったのだろう、ふらふらとしていた大倶利伽羅を寝かしつけ、布団を肩までかけてやるとやわらかな髪を撫でつけた。気がつけばこんな時間だ。
眠っている大倶利伽羅の汗を拭いていた時、長谷部は己を慰める手を止められなかった。布を噛んで声を押し殺し、ひたすらに大倶利伽羅を見つめて、口淫するうちにどろどろになっていた性器を擦り上げた。大倶利伽羅に負担をかけることなく繋がりたいと慣らしていた後孔がはくはくと息をするように疼くのを感じながら、あらわになった大倶利伽羅の焦がれる熱を思い返し吐き出した。手のひらに残るどろりとした液体の虚しさといったらなかった。
急速に熱が冷めた頭に浮かんだ、大倶利伽羅の鞘になれたら、という願いを一笑にふすことはできなかった。使われる刀が何を願うと思わないでもないけれど、大倶利伽羅に目覚めさせられたこころは自由であることをやめようとしない。
穏やかな寝顔を眺め、素直な教え子を騙してしまった罪悪感にちりり、胸が痛む。けれど、長谷部はもう引き返せない。彼の肉にふれてしまえば、もっともっとと思うこころを止められなかった。
ああ、いつだって長谷部は己の感情に気づくのが遅い。気づかないまま近寄らなければよかったのに。
長谷部に気づかせてしまった男のほおを思わず軽くつねって、すぐに離し指先でつつく。
このままここにいることは長谷部には過ぎたことだ。逃げるように大倶利伽羅の部屋を後にし冷たい自室に戻って、こころまですうと寒くなったのには見ないふりをした。
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