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Nendroid

Distance

「お届け物です!」


 ふっ、とどうでもいい疑問が長谷部の頭をかすめる。

 受領証にサインを求める青年を前に、どれだけ物質の移送手段が発達しようと結局は最後に手渡す確認作業は人が行うのは何でだろう。正直に言えば面倒くさいままなのは何故だ。いや、深く考えたことはないが、もしかしたら、この本丸担当のやたらと声がでかく朗らかな笑顔の青年も人ではないのかもしれない。


 どっさりと届けられた箱の山を見て、力持ちであることと働き者であることは確かだと思う。それにしても、何か注文したものでもあっただろうか? 配給品が届く頃合いでもないし、と本丸の運営を取り仕切る長谷部が顎に手をやり考えても適切な解は出てこない。足の速さと比例するようにせっかちな長谷部は、まあいい、呟いて気にせずバリバリ豪快に箱を開けていく。

 両手を上げた人が描かれた段ボールの中をのぞきこみ、既視感を覚えながら今日の日付を思い浮かべたところで納得のため息がでた。

「はぁ」

──時は西暦2012年の11月11日、俗にいうポッキーの日なんだそうな──

 己のような名前のものが何をとも思うが、この国の民はダジャレやこじつけが好きすぎる。今年も政府から届いた大量の赤い箱を前に長谷部は再度、物憂げなため息を吐いた。

 


「ん、」

 近くにずいと寄ってくる大倶利伽羅の口から甘い匂いが漂う。

 早朝に受け取った大量の箱は、俺以外で平等に分けるように言って前田に託したはずなのだが、その中身が今一度目の前に突きつけられる事態に、自室で報告書をしたためていた長谷部は思わず眉間に皺を寄せてしまった。白く細長い袋に包まれた物体を横目に眺めながら、

「どうした?」

無言で押し付ける大倶利伽羅に問う。既に一袋食べたのであろう口の端にはチョコレートがついている。

「やる」

「……口に合わなかったか?」

「悪くない」

「じゃあ、」

「食べろ」

 眼前をちらつく菓子の袋を前に長谷部は困惑を隠しきれない。

「俺はいい」

 好きなら大倶利伽羅が全部食べればいいのに、断っても頑固に大倶利伽羅は引かない。

「あんた甘いもの好きだろ? 多いなら一緒に、」

「いや、お前ひとりで食べるべきだ」

 進まない仕事にはからずも語気が強くなってしまって、はっとして目をやると表情はいつもと変わらないのに目だけを寂しそうに細めた大倶利伽羅がいた。

「……わかった、気がむいたら食べてくれ……誰かにやってもかまわない」

 ぽそり、響いた落ち着いた声が不思議と物寂しさを助長した。

 

 何か言ってやりたくていたずらに空気を飲み込んでばかりの口から音がこぼれる前に、大倶利伽羅は出て行ったしまった。文机に置いて行かれた菓子を前に長谷部は途方に暮れる。なぜ気まずい空気になったのか見当もつかないが、己の対応がまずかったことだけはわかる。人の器を与えられた当初はこんな空気になることが多々あった。笑い話になってから思い返してみれば、いずれも長谷部が ゛空気を読めない″ ことに起因していたように思う。

 この身体に慣れてきたつもりが、あの刀と相対するとおぼつかない頃に戻ってしまったようだ。けれど、このままではよくない。袋を内ポケットにしまい追いかけようと立ち上がり、はたと気付く。

 俺の何が悪かったのかもわかっていないのでは謝ることもできない。

 しおしおと勢いをなくし、ストン、と座布団に逆戻りした長谷部は、胸でかさり音を立てた菓子に毒づいた。

 まったくこいつには悩まされる。

 


 いったん、きっちり報告書を仕上げてから、長谷部は大倶利伽羅がポッキーを渡してきた意味について考えていた。落ち着きなく室内を歩き回りながら、そういえば起きている大倶利伽羅に自分から働きかけたことがないことにも気付いてしまう。いつだってするりと傍らにあいつがいるものだから、長谷部は語りかける言葉を知らない。

「長谷部さん、今よろしいでしょうか?」

 あっちこっちに行ってしまう思考の渦に投げかけられた言葉に肩を揺らし、そそくさと正座をして許可を与えると前田が大きな細長い袋を片手に入室してきた。

「どうした?」

「ポッキーなんですが、昨年とは違って特別に大きいサイズのものも一箱だけ入っておりまして。どういたしましょうか?」

 示された袋の長さは前田の顔ぐらいあり随分と大きい。昨年はおかしな味をした辛いポッキーだったように思うが、この国の人間は本当に変わり種が好きだな。

「折るなりなんなりして、短刀たちでわけあえばよいと思うが、」

「やはり、それが妥当でしょうね」

 頷いた前田は長谷部の顔をのぞきこみ目を細める。

「どうされたんですか? 浮かない顔をされて」

 ぐっと喉を鳴らした長谷部に微笑んだ前田は幾分得意げに続けた。

「あなた、一緒にこの本丸を走り回ってきた僕を舐めてもらっては困ります」

「……そうだな」


 自分でも何がよくなかったのか考えながら、つい先ほどあった経緯を説明すると、

「わかりました。やっぱり大倶利伽羅さんはとても長谷部さんに懐いていらっしゃるのですね……僕はいつも振り回されてばかりなので、溜飲が下がりました」

と笑った。まだ顕現して日が浅い大倶利伽羅の世話役をするのは、無口さと反比例するように行動が活発で突飛な彼の個性もあって大変なようだ。

「前田はよくやっている」

 笑みをふわり優しいものに変えて、前田は話をつづける。

「単純に大倶利伽羅さんは一緒にポッキーを食べたかったのだと思います。一緒にこの気持ちを分かち合いたいって」

 分かち合う。考えたこともなかった。

「俺は、それを好きなものが沢山食べればいいと思った……」

「はい、長谷部さんポッキー苦手ですもんね」

 苦手……まさにそうとしか言いようがない。長谷部はこの細長い棒状の菓子が苦手だ。甘いものは嫌いではないし食べられるのだが、進んでは食べない。ポッキーにまつわる苦い経験が美味しいはずのものを遠ざける要因になっている。


 昨年も今年と同じように、いや2211年ということで今年よりも大量に政府を通じて製造する企業より援助物資としてポッキーが届いた。当時は本丸も発足したばかりで時間も金も資材も余裕がなく、腹の足しになる食べ物の提供にとても喜んだものだ。けれど、栄養とは何かを知らなかった長谷部たちは毎食、手軽で美味しいお菓子を食べ続けてしまい、乱が顔に出来物ができたと泣いたのを皮切りに腹痛や頭痛など物の見事に体調を崩したのだった。ここの審神者は常時いるわけではなく通信と、たまに渡ってくるだけで食事を共にしていないのも間違いが発覚するのが遅れた一因だった。

 あの時の騒動は長谷部にとって己の至らなさを思い知った苦い記憶となっており、それ以来ポッキーは避け続けている。難癖をつけるようだが、簡単にポキポキ折れてしまうのも軟弱で少し気にくわない。けれど────。


 あの青年は美味しいと思ったものを自分と分かち合いたいと思ってくれたのか。

 長谷部に与えようとしてくれた甘く優しい気持ちがじわじわと染み込んでくる。思えば、大倶利伽羅には与えられてばかりだ。まだ、遅くないだろうか。今からでも話すべきだとポッキーを取り出して、違和感に気づく。

「どうされました?」

「多分、溶けてしまっている……」

 好意を踏みにじるような己の至らなさにうなだれていると、肩を叩かれる。顔をあげた視線の先には袋から出した大きなポッキーを構えた前田がいた。

「大丈夫ですよ! 前田は魔法使いです。えーと、長谷部さんは大倶利伽羅さんと一緒にポッキーが食べられる〜」

 指揮棒のようにくるくるとポッキーを旋回させながら「んーと、びびでばびでぶ〜」と歌うように唱えた。

 思わずきょとんとしてしまった長谷部の耳に吹き出す笑い声が聞こえた。廊下をたまたま通りかかったのであろう平野がお腹を抱えて笑っている。

「平野! 笑ってないでこれを冷蔵庫に入れてきて」

顔を赤くした前田が怒ったように溶かしてしまったポッキーの袋を差し出すと、いまだ笑いの止まらない平野は素直に受け取りそのまま行ってしまった。笑い声が遠ざかり、途端に静かになってしまった部屋で恥ずかしそうに前田が口を開いた。

「風味は落ちてしまいますが、冷やしてまた固めれば食べられます」

 ああ、この小さくて頼もしい刀はなんて優しい。

「……ありがとう」

 思わず真っ赤な頰を包み込み微笑んだ。

「本当に魔法使いみたいだ」

「子供っぽいことをしてしまいました……忘れてください」

 

 


 風呂に向かって廊下を歩いていた大倶利伽羅は、ひゅっとすごい速さで視界に生えてきた手に捕まり部屋に引き込まれた。抱えていた着替えがバサリと散らばる。

「俺に付き合ってくれ」

 そこは見慣れた長谷部の部屋で、手の持ち主は真剣な顔で大倶利伽羅を座らせると先ほど押し付けたポッキーを差し出した。

「前田がもうひと袋くれた。その、さっきはすまない、ポッキー少し苦手だったんだ……」

 まくしたてるような勢いに飲まれていたが、拒まれた理由を理解すると安堵が胸に広がった。

「それは……押し付けてすまない」

「いや、食べられないわけじゃなくて、ただ、なんとなく気が進まないだけで……でも、久しぶりに食べたくなった。あ、もらったの溶かしてしまって……もう一度冷やしたんだ」

「無理するな」

 ぱさり、ぱさり、髪を勢いよく散らした長谷部は「お前に貰ったのが食べたい」と言うと、やにわに袋を開けて張り付くポッキーを苦労して剥がし、塊のようになった束に食らいついた。ボキボキと豪快な音を立てて咀嚼していく長谷部に視線で促され、手の中にある袋を開けて一本取り出し口に含む。ぽきり、ぽきり、こぎみよい音が響く。これを最初に食べた時にこころに浮かんだ長谷部にも食べさせたいという思いとはだいぶ違った形になったけれども、不格好に叶えられた願いにたまらなくなった。


「うん、久しぶりだとうまいな」

 きっちり仲間という線を引いて、中に入れてくれない長谷部からなんの衒いもない笑顔を向けられて動揺する。

「……あんたはずるい」

「あっひと袋では足りないか? 食べかけでもいいなら、これも食べるか?」

 ああ、もう。何かがこの胸から溢れてしまう。身体がこうしたいと叫ぶ衝動のままに、ポッキーの束に食らいつきボリボリ咀嚼しながら抱きつく。腹に頭をぐりぐり擦り付けて、この熱をなんとかしてほしいと思う。

「苦しい……なんだ? 短刀みたいだな」

 笑って頭を撫でてくる長谷部の子供扱いにムッとする。

「もっと食べるか?……俺もお前に何かをやりたいんだ。お前には沢山いろんなものを貰っているから」

「……あんたの中がいっぱいになったらいずれ返して貰う」

 何一つわかっていなさそうな顔に先が思いやられるが、餌をもらった虎はまだ走っていける。

 ────いつか、この熱が伝わって、どうしようもないくらい熱くなればいい。

 今はまだ優しい温かさに顔を埋め、大倶利伽羅はぐるると喉を鳴らした。

 

くりへしワンライお題「ポッキー」

​11/11/2016                             

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