Sea
▷とけるからだ
「加羅、主が約束のモンだとよ。エロいやつか?」
大倶利伽羅が袋から出したDVDのパッケージを眼前に突きつけると、太鼓鐘は芝居掛かった大げさなため息をついた。
「なんだつまんね〜加羅は本当に海が好きだな」
ぽんぽんと寝癖だらけの頭を叩くと出ていった。いくら顕現するのが遅かったとはいえ、まるで子供のように扱う太鼓鐘に嘆息し、波の上を人間が板切れひとつで進む写真を大倶利伽羅は見つめる。そもそも俺が海に魅了させられてしまったのはお前らのせいだろう、という不満は音にならなかった。
初めての戦場からの帰り道、悪ノリした燭台切と太鼓鐘に大倶利伽羅は突然海に放り込まれたのだ。調子に乗った馬鹿力ふたりに顕現まもない大倶利伽羅はなすすべがなかった。
戦闘で高揚し火照る身体を包みこむ水の感触、きらきらと太陽の光が散らばり、沈んでいくかと思った身体は身を委ねた瞬間ふわりと浮上していく。押し出される空気の塊を追って海上に顔を出せば、激しい呼吸の合間に口内を生々しい味が広がった。
しょっぱい、ただ呆然と思いながら海に浮かび太陽の光に目を細めた。
それからというもの、褒美を訊かれるたびに海の映像や写真集を所望している。大昔に外つ国で記録されたというサーファーの映像に頰を照らされ、大倶利伽羅はうっすらと唇に笑みを浮かべた。
襲い来る波を切り裂いてはいなし、大きな力の上を自在に板で滑り歩く。大倶利伽羅はいま踊るように波乗りをしている。高揚する心臓とは反対に冷静な頭は、夢だな、と思う。羨望とともに海の映像を見ていたものだから、願望が夢にも現れたのだろうと。海に行き遊んでいるような自由は兵器にはない。
ああでも、夢だとしても、なんて気持ちいい。
波に乗る全身の動きが足に伝わりそこから板に伝わる。翻弄するエネルギーを膝で吸収してより高くのぼった。自然の力とともに肉体が躍り、腹がひゅうと冷える感触に高揚する。
不意に冷たい手が足首をとらえた。
間も無くすごい力で引っ張られる。バランスを崩した身体は簡単に海に飲み込まれ、光量がどんどんと絞られ暗くなっていく。内心で舌打ちして、いつもの幽霊かと思う。普段なら金縛りも己の身体を勝手にするのも好きにすればいいと気にしないが、いまはいい波だったのだ。己の身体を奥底まで引きずりこもうとする力に抵抗し、逆に幽霊の身体を捕まえた。
なんだ、こちらから触ることもできるのではないか。
拍子抜けすると同時にこいつは何なんだと疑問が湧いた。週にいちどぐらいの頻度でこの幽霊は現れる。戦う刀だ、いくら眠っているといっても気配には聡いはずなのに、瞼に冷たい手の感触を感じた瞬間、目が開けられなくなり、雪女のような冷たい口付けとともにとろりと唾液が流れ込むと、意識が遠くなっていく。そして、大倶利伽羅は乗っかった幽霊に精を搾り取られているのを夢うつつに感じるのだ。ひどく官能的な幽霊は多分に己の願望が入り混じった夢なのかもしれない、とも思っていたのだが。
この腕の中にいる幽霊は呪いでも使う妖のたぐいなのかもしれない。
ぼごり空気の玉が肺から吐き出された。ふたつの身体はどんどんと沈んでいく。鉄の塊が海の底までついたなら静かに朽ちていくのだろうか。それはそれでひどく気持ちいいかもしれない、ならば道連れにと幽霊を抱きしめた。
なんだか喚く声が聞こえる。幽霊が容赦無く大倶利伽羅の肌を叩く。なんだ、お前は海が嫌いか。知ったことか、邪魔したお前が悪い。それにしても元気な幽霊だ。酸欠の頭に浮かぶつらつらとした思いを垂れ流しながら、腕の力を強くすると抵抗が激しくなった。
「魚のようにびちびちと、いい加減観念しろ!」
叫びながら目を見開くと、そこは薄暗い己の寝室で、帯を解かれ下着もつけていない大倶利伽羅の上にシャツだけを羽織った男がいた。
「は?」
「苦しい! 離せ!」
抱きしめていた腕の力を抜くと、紫色の瞳を持つ男はぺちりと大倶利伽羅の腹筋を叩いた。
「誰だ?」
「目が覚めてしまったか。勿体無い」
ひどい状況だというのに涼しげな表情のまま男は平然としている。
「説明しろ」
同じくこんな時でも静かな大倶利伽羅の声が夜更けの静謐な空間に響いた。
淡々とされた説明曰く、目の前の男は大倶利伽羅と同じく刀から生まれたものだという。ほとんど裸の状態ではわかりづらいが、確かに演練で見たことがあるかもしれない。練度が上限に達しているので長期遠征任務にばかりついていると、そして、長期に渡って審神者の霊力が満たされた本丸を離れていると身体が乾くのだという。
「飢えるんだな、なんというか、こころが? 身体に不調はないのだが」
小首を傾げながらいうことではない。だからといって強姦はないだろう。曰く、飢えているところに出くわした生まれたばかりの無垢な存在に、我慢がきかなくなったと。
「普段は添い寝をすれば済むのだが、かわいい寝顔に飢えが増してな。戸を開けたまま眠るのはよくないぞ」
頭痛がした。なんてひどい先達だ。
「では帰るか。すまなかった。今までのことは……まあ、お前も存分に出していたからいいだろ」
「は?」
やっと大倶利伽羅の上からどいた男を思わず引き止めると、男は己を指差し目を瞬かせた。
「正体がバレてしまっては興醒めだろう?」
冷たそうな印象を受ける端正なかんばせをまじまじと見つめながら、抱きしめていた身体の熱を思い出す。
「いや」
「ん?」
薄暗がりでわずかに揺らぐ陰影と煌めく紫が、目を誘った。
「あんたを食わせてくれ」
「ゲテモノ好きか?」
「あんた目が悪いのか?」
「いや?」
あくまで食い下がる大倶利伽羅を不思議そうに眺めた男が、まぁいいか、とつぶやきながら再び乗っかろうとするのを制して逆に押さえつける。
「俺が食う番だ」
たわんだ唇から、くふん、と息がもれた。
「いいぞ。悪くない」
すうと闇を切り裂くように伸びた脚を抱えあげた。既に慣らされているのか縁を充血させた穴が震えているさまに、大倶利伽羅の体内を熱い血が巡るのがわかった。
「ぁ、あ、んぅ」
俺はこんなに綺麗なものを抱いていたのか、大倶利伽羅は半ば呆然として腰を振っていた。
この刀は何者だという疑問で頭をいっぱいにしながら、すんと首筋で鼻を鳴らせば、外の匂いがした。土埃と血の匂いは何よりもかぐわしい。
「なぁ、あんたをもっと教えてくれ」
抵抗するように頭を振る男に言い募る。
「どこが気持ちいい? 何が好きだ?」
「ひ、ぁ、」
「ほら答えないのか?」
「んぅ」
「何でもいい音を紡げ」
「……くそっ、おまえ、ぁ、練度いくつになった?」
それが何に関係があるのかとぽかんとして、ああ、幽霊に抵抗できなかったのは練度の差かと気づく。
「あんた、忙しくて経験値二倍キャンペーンを、知らないのか?」
「なんだそれは!? ずるいだろ! だから起きたのか! ひゃぁ、んっ」
「…あんた随分と可愛い声でなくんだな」
物言わぬ幽霊だったものの紅い唇から漏れる、ざわりと背筋を撫で上げるような感触の音がたまらない。
「このっ」
「後ろだけでなく声まで甘そうだ……ほら、もっと教えてくれ」
囁いて乱暴に奥まで突き込むと亀頭をきゅうきゅうと食まれ、大倶利伽羅は歯を食いしばって震えた。
「あー出た」
「っばか、ばか、濡れてる、早漏! あ、あ、他の奴の体液を注がれたら酔うだろ!」
抵抗して暴れる身体とは反対に、縋り付く媚肉は歓喜にうち震えているようだ。
「あんたの体は悦んでいるが。早くともいくらでも出るぞ」
搾り取るように蠕動する襞に育てられかたくなった雄が後孔を満たす。滑りの良くなった隧道を荒らしながら、悔しそうに噛み締められた唇を親指で割り開き、あふれる唾液を注いだ。
「舌を出せ」
唾液を纏った薄く短い舌が、おずおずと差し出された。衝動的に噛み付いて唇で扱く。差し込んだ舌で上顎をくすぐり、その甘さに頭がくらりとする。
「あんたの口うまいな」
解放した唇に吹き込むと、現実逃避するようにぎゅうと目をつぶり紫を隠してしまうのが面白くない。火をつけたのは誰だ。
「なあ、奥がいいか? 手前か?」
ふるふると首を振るのに苛立ち、ぎりぎりまで雄を抜き去ると強く奥まで穿つ。ばつん、と肌を打つ音が響き渡った。
「全部か?」
手前側の媚肉をこそげて遊べば、ぷちゅり、と水音が弾けた。引き止めるように先を締め付けられるのを感じて、動きを止めた大倶利伽羅の龍を白い手が引いた。
「……おくが、いい」
乞われて悪い気はしなくて口角を上げると、眉根を寄せた男はわざと大倶利伽羅の下生えをなで陰嚢を揉みこんだ。くぅと喉が鳴った。なだめるように白い指に褐色の指を絡め、血管の浮き立つ育ちきった雄が飲み込まれていくのを見ながら、ゆっくり果てまで存在を刻みつける。
生温かい。
奥まで潜るとそこには、ちゃぷん、と揺れて包み込む海があった。
とろりとした水をたたえた目が溶け崩れる。
ぷつりぷつり汗の浮く肌が震え波を描く。
隆起する筋肉の陰影を指でたどり、皮膚の下で脈打つ己の雄を想像して腹を押すと、引き締まった身体が痙攣し、かちかちと歯が鳴るのが聞こえた。瞳を蕩けさせているのに、悔しそうに食いしばった口元に気付いて、ぶるりと背が震える。喉が渇いて目の前の尖りに吸い付けば塩の味がした。
気持ちいい。
この身体にどこまでも沈んでいきたい。
温かな肉に感じ入っていると、組み敷いた身体が身じろいだ。
「……動け」
「さっきまで嫌がってなかったか?」
「いいから!」
絡みつく脚を押さえつけふくらはぎを横からべろりと舐め上げると、腰をふりたくる。肌を叩く音とかき混ぜる下品な音がどんどんと密になる。こぽりこぽり、とあぶくを浮かび上がらせるような切羽詰まった喘ぎは耳にも甘く身体の中が濡れる心地だ。
食べてしまいたい。
そんな言葉が頭に浮かんで、大倶利伽羅は笑った。捕食するなんて、ただの物だったはずが、まるで生きもののようだ。
「ははっ、」
大倶利伽羅は生まれて初めて声を出して笑ったかもしれない。ぱちぱちと瞬く瞳を見つめながら舌なめずりすると、手を伸ばしてきた男に食らいつかれた。下唇に吸いつかれ、大倶利伽羅はたまらず食らい返した。湿った熱い息の感触に酔う。
頭を両手で固定し蜜壷のようになった口内を舌でかき混ぜる。ぷちゅんと泡が弾けた。ぬとぬとと絡み合う舌はお互いの粘膜をこそげてはくすぐり、笑いと紙一重の悦楽が隙間から漏れだす。
「ふ、ん、んん」
唇は離さずゆっくり腰をまわすと、すかさず縋り付くやわい肉に歯が疼いた。甘ったれな襞は脈拍に合わせて雄が打ち震える動きすら貪欲に飲み込んで、しゃぶりつく温度を上げる。
目の前で隠されている瞳が惜しくなって瞼をなでた。
細かく震える睫毛がベールを上げ、────紫が朧気な金を映した。
「ぁんんっ」
「くっ」
どくん、どくん、と拍動するリズムで締め上げる襞にねだられるがまま、欲しがりな腹に撒き散らした。
もう何度出しただろうか。
唾液まみれの唇の奥で赤が覗くのにぞくりとし、歯をなぞって開けさせ、もう片方の手で扱いて薄くなった白濁を吐き出した。無垢な貝殻のような歯が指の腹に突き立てられるのすら心地いい。舌の上に出されたものを律儀に飲み干した男が咳き込むのに合わせて、臍にたまった白濁がこぼれるのが勿体なくて舐めとっていると、男が億劫そうに大倶利伽羅の頭を押しのけた。
「…絶倫か」
癖になりそうな味の液体が喉を通る。途端に眠くなり横に転がった。
「あんたの名は」
「……へし切長谷部」
「長谷部、あんた、とても美味しかった」
「そりゃどうも、いっ、もう無理だ!」
抱き寄せた胸に耳を押し付け鼓動を聴く。
「海のようだ」
「おい、熱い」
不平は無視して心臓が拍動し血が巡る音に聴き入る。
「心音を求めるとはややこのようだな……なんだお前寂しかったのか?」
「あんたが寂しかったのではないか?」
「は?」
「幽霊とは寂しいものではないか? ふぁ」
大きな欠伸をひとつして大倶利伽羅は目を閉じた。
「は? 幽霊? おい、このまま寝るな馬鹿力!」
「…大倶利伽羅、大倶利伽羅だ」
「おい! 大倶利伽羅!」
どこかへ行きたいなんて願望は叶うべくもないが、そこここに未知の世界は広がっているらしい。温かく心を躍らせる波に包まれ、海を好む鋼はやっと心地よい眠りを得た。また朝になって消えられては困る。容赦なく大倶利伽羅は腕の力を強くした。
「長谷部~! 時間だぞ~! どこに潜り込んだ~!」
早朝の清廉な空気の中、薬研は長谷部を探していた。この本丸の発足当時から顕現し長らく短刀たちと添い寝をしていた故に、長谷部は誰かと寝ないと夢見が悪く夜はどこぞへ行ってしまうのだが、いつもなら早朝には自室に戻っているはずなのにいない。遠征に出立する時間も迫っているし、寝坊しているなら皆が起き出し目撃される前に見つけたい。短刀といえども対等な刀であるし長谷部に邪な気持ちはないのだが、何分いまは保護者たちの目が痛い。添い寝する姿がどうにも犯罪臭がするのだ。何かを抱きながら眠る長谷部はどこか艶めかしくなるのが、要因だと薬研は思っている。
だが、今日は短刀たちの部屋にもおらず、もうすぐ遠征に出る時間なのに厳格な長谷部が現れないのは何か不測の事態が起きているのだろうか。腕を組み考え込んでいると視線の先の障子が、わずかに開き手がのぞいた。
「こいつをどうにかしてくれっ」
駆け寄ると、ほとんど全裸のひどい格好をした長谷部が這い出してくるところだった。
「……子泣き爺かよ」
褐色の身体をした男が長谷部の身体にしがみつき、龍の這う腕がしっかりと巻き付けられている。
「くそっ、力が強いっ」
「ひどいなりだな」
お上品な刀に見つかれば眉をひそめられそうな、ひと目で何があったのかわかる状態で、相変わらず長谷部は踠いている。
「なんなんだこいつは!?」
「大倶利伽羅だな」
「知っている!」
「長谷部が混乱させられるとは大したもんだ。伊達の刀だとよ」
「くっ、だて!! なんなんだ! 伊達の刀は! どいつもこいつも!」
過去に伊達の刀から、親切という名の真綿で首を絞めるような甘味責め、好奇心という名の弱点を全力で鋭利につく質問責めにあった長谷部は、苦虫を噛み潰したような顔をした。
この大倶利伽羅は押しが強いようには見えなかったが、刀は見かけによらないものだ。
さて、助けてやった方がいいものか、遊ばせといてやった方がいいものか。久しぶりに見た慌てるさまが面白く、悪戦苦闘する長谷部を前に薬研は首を傾げた。
「長谷部」
「なんだ」
「楽しそうだな」
くりへしワンライお題「とける」「海」
29/07/2017
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