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Smile

I don't know

 最初は、なんとまっすぐな目をするのだろうと思った。

 

 熱のこもる鍛刀部屋で、赤々とした炎に照らされる褐色の頬。紅い唇から漏れる素っ気ない言葉。素行に問題ありか、大倶利伽羅という名と共にちらり心にとめる。わからないことは近侍に聞いてくれ、と言った主が長谷部を振り返れば、ふっと男と視線が絡まる。

 やる気がないように見えて視線の熱量は大したものだ。

 ひとつ頭の中の帳面に訂正を入れ、思わずこちらから先に目を逸らし、先導するように部屋を出た。項に刺すような視線を感じながら、冷たい空気で肌を冷やしつつ真っすぐに進み、ほどなくたどり着いた部屋の前で振り返った。

「主の前では失礼のないように愛想を良くしろ」

 笑えばいい、お手本をひとつ見せると吐き捨てられる言葉。

「……薄っぺらい笑みは嫌いだ。俺は自分のやりたいようにやる」

 そうか、ひとり頷く。薄い、笑み、質量が足りないということなのだろうか。できないというなら主の御前に出さなければいいだけの話だ。戦力でありさえすれば問題ない。ひとつ書き加えて、ここでの秩序についての説明に移った。



 

 幾日か内番、手合わせの様子を見て、指揮をする隊長には向かないが働きぶりはしごく勤勉と付け足す。最初は意思疎通が容易いように見える伊達の刀と同じ部隊にすれば問題ないか。

 厨を覗き忙しなく手を動かす燭台切に声をかける。まだ当番の時間でもないのに暇を見つけてはなにくれとなく働いている面倒見のいい、やつならば問題ない。

「明日お前と大倶利伽羅は同じ部隊で出陣だ。新人を頼んだ」

「わざわざ言いに来たの? 大丈夫だよ。からちゃんはしっかりした刀だから」

 魚をさばいていた手を止め、入念に手を洗いながら燭台切は答える。

「反抗期ではないのか? 意思疎通が難しいように見えるが?」

「相変わらず微妙に失礼だ。優しい刀だよ。そして……強い刀だ」

 作業台の傍らに綺麗に重ねられた手袋を何とはなしに見ながら、身内の言などどうでもいいとばかりに念を押す。 

「そうか。とりあえず、しばらく同じ部隊だから頼んだ」

「僕の話聞いてる?」

「優しくとも強くとも慣れないうちは失敗も多いだろ」

「長谷部くんは気が配れるのか配れないのか、優しいのか意地悪なのか、よくわからない」

 いかにも困ったような苦笑いをこぼす端正な顔を前に、鼻で笑って踵を返した。

 大部分が出陣していて閑散とした空気の中、締め切られた部屋の前を幾つも通り過ぎる。ある部屋の前に飾られた馬鹿でかい赤と緑の靴下を見とがめ、足が止まった。まだまだ先の話だというのに、無邪気に贈り物をねだっていた小さな刀たちの様子が思い起こされる。強張っていた身体を緩ませ、ゆっくりと息を吐いた。

「簡単にわかられてたまるか」

 ひとり呟き背筋を伸ばす。

 ────自分ですらわからないのに。




 

 この関係の始まりは興味本位だ。

 ある日、積み重なった書類を片付け、幾分ぼんやりする頭で廊下を歩いていた長谷部の耳にうめき声のようなものが聞こえた。また誰ぞ怪我を隠しているやつでもいるのかと、誰の部屋かもわからぬ戸を開けたら、自分の刀を握りしめ蹲る大倶利伽羅がいた。慌てて身体を起こさせれば、ズボンを押し上げる下半身の膨らみに熱のこもった顔。人の器での生活に馴染んだあとも感情の発露が薄く、戦闘中ですら滅多に高ぶらない素っ気ない男の苦しそうな顔を初めて見た。揺さぶりたいような意地の悪い気持ちと、処理方法は教えておいた方が良いだろうと言う冷静な判断が入り混じって手を貸してやった。

 それで終わりにすれば良かったのだが、長谷部は常に本丸内の様子を気にかけている。

間の悪いことに見つけてしまうのだ、熱を持て余した大倶利伽羅を。育ちきった雄の熱とおうとつを堪能する手から、いつしか涎が溢れる口を使うようになり、獣のような味と匂いに慣れれば、遂には貪欲な腹が鳴いて熱が渦巻いた。目を奪われる硬くしまった腹に種をまきたいのか、己の腹で大倶利伽羅の種を咀嚼したいのか。後者だと、喉に絡みつく青臭い白濁を幾度にも分けて飲み込みながら痺れた頭で思った。震えて口蓋をくすぐる雄を舌で宥めてやり波打つ腹筋に指を這わせた。思考より先に身体が動く、この瞬間、長谷部は長谷部ではなくなっている。

 長谷部は自分で慣らして、ろくな抵抗もできず呆然とする男を押し倒し繋げた。あくまで大倶利伽羅の不具合を防ぐための性処理と線を引こうとも、のめり込んでいく自分を隠しようもない。でも、あいつが刺すような目でこちらを見るのが悪い。痣が残るほど強くこの身を掴むのがいけない。だから性懲りも無く、何度でも、この手は誘う。



 

 第三部隊を送り出したあと、風で髪をたなびかせ、かさかさと舞う葉に目を細めた歌仙が言う。

「君にしては珍しく、一振りの刀に目をかけているようだね」

「そんなことはない」

「そうかい?」

「あいつの視線がうるさいんだ」

「……なんとまあ、己が見えていない発言だ」

「は?」

「すぐ凄むのやめてくれないかい? 雅じゃない……まあ、でも、人とはそんなものだね」

「お前は一人で勝手に納得するのをやめろ」

「承知したよ近侍殿、今度からは全て一から詳細に説明して差し上げよう」

「……遠慮しておく」

「おや、残念」

 児戯のような会話で満足したのか、興味を無くしたように初期刀殿は帰っていく。風に揉まれ朽ちかけた葉を拾い微笑む、何かを察していようともやめろとは言わない刀の背を見送る。関係を詰問されたところで答える言葉を持たないことに、今更気づいた。



 

 熱をぶつけ合う、この行為の名はなんという。自慰と変わらぬ。使うのが己の手か他人の性器かという違いだけだ。苦しげに男は長谷部を穿つ。誘えば決して拒否しないのだからこいつも物好きだ。

 いつからか男は最中に泣くようになった。眉間に深い皺を寄せて、堪えるように口を引き結び、熱を持ち鮮やかに染まった頰に涙を伝わせる。その表情は長谷部のお気に入りになった。頬に落ちる熱い水が何かの証に思える。

 今日も男は雨を降らせる。口の端に落ちたのをついと舌で拭えばしょっぱい。舌を刺す刺激に笑う。

 

「あんた悪趣味だ」

 

 俺はあんたの笑顔は嫌いだ。泣きながら顔を歪めてそんなことを言う男の単調で力任せな行為は時に痛みすら伴うけれど、愚直に荒らされるのが何よりもいい。もっと奥まで、もっと強く、腹をいっぱいにしたい。馬鹿みたいに喘いで、涎を垂れ流しながら閉じられない口を笑みの形にする。皮膚に鑢をかける畳の感触すら、痛いのに心地よいと矛盾したことを思う。

 苛立った男にしとどに濡れた口を覆われる。煽るように手のひらにべろりと舌を這わせた。蜜を纏った舌が硬い皮膚を擦り上げ、遊び、抉る。ぱっと離された後こぼれる舌打ちに、にいと目を細めた。

 

「じゃあ後ろからするか?」

 

 名残惜しげに縋り付く粘膜を存分に硬さを保った雄から引き剥がし、四つん這いになってはくはくと空腹を訴える穴を晒す。挑発するように腰を撓ませ、ぬめる亀頭に擦り付けた。頭の後ろで喉が鳴る音がしたと思ったら、熱く硬い雄が門をこじ開けていく。今にも弾けてしまいそうに膨らんだ、内臓を穿つ肉のいたいけな震えが伝わって腰が揺れた。男の涙のように少しずつ漏らされていく液体で濡れた襞は潤み、はった雁首が引っ掻きなぞっていくのを歓迎する。ふくらとした亀頭が腹をわななかせる快楽の膨らみを突き崩し、返す刀で雁首が抉る。じゅうじゅうと啜るように隧道は雄を絞りあげた。自分の制御を外れた本能的な肉の捕食行動。

 震える手で己の雄も扱く。くずおれた上半身は動くのもままならないが、撒き散らされた男の腰布に胸の尖りを押し付けて貪欲に快感を拾う。気持ち良くなればなるほど、この身体は男の雄を喜ばせるのだ。項に降りかかる喘ぎ混じりに弾む息がたまらない。

 もっとほしい。舌が踊り、空白を訴える口にもほしい。自分の先ばしりで濡れる青臭い親指をしゃぶり、物足りなさを埋める。奥を突かれ背をしならせた拍子に戦帰りに放られたのか無防備に横たわる刀が目に入った。思わず引き寄せ舌を這わせる。つるりとした鞘を唇で挟み込むと、びくり、中のものが震えた気がした。熱に浮かされた頭はぐずぐずに溶けた言葉を弾き出す。

 貫いてほしい。お願い、もっとこの身体を。

 奥を捏ねられる息継ぎの合間、気まぐれに問う。

 

「気持ち、いい、か?」

 

「……ああ、」

 

 ふつりと動きが止まり、背に押し当てられる丸い額の感触。柔らかい髪が皮膚をくすぐる。熱い水が背を流れ、肩甲骨のくぼみをつうと伝う。ふぅふぅと生暖かい息が汗で冷えた背を温める。額づいてまるで祈るような姿勢のまま男は動かない。荒い呼吸音ばかりが響く中、またひとつぶ涙が落ちた。ちうとひとつ肌を吸った唇が何かを呟く。

 どくりと心臓が跳ねた。

 ひうと喉が鳴る。眼窩が痺れる。この気持ちをなんという。

 気が変わった、歪んだ唇からこもった声を吐き出すと、覆いかぶさる檻から抜け出して、髪の毛で顔を覆った男を突き飛ばし乗り上げた。ぷちゅりとふたりの間に挟まれた体液が音を立てる。男は長谷部の胸にしがみつき顔を隠した。

 

「顔を見せろ。もう笑わない」

 

 火照る頰を包み込んだ手で顔を上げさせると、涙を貯めた目が己を睨みつける。眉が下がり唇がわなないた。ああ、自分は今なんて顔をしてしまっているのだろう。

 

「自分が……どんな顔をしているのかわからない」

 

 一瞬の無垢で朴訥な表情のあとに、初めてうっそりと僅かに笑った大倶利伽羅が囁く。

 

「……俺も、わからない」

 

 そっと煌めくべっこう飴を手で覆った。ぐいぐいと手のひらを押し付ける。痛い、痛くしている、埒もない言葉がお互いからこぼれていく。

 ────ほとばしる情の名をいまだ知らない。

 手のひらの濡れた感触と、ただ汗で張り付く身体だけが真実だ。

 

くりへしワンライお題「笑う/笑顔」

​23/12/2016                             

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